037 燃えよバッハ
「クソッ! また再生しやがった!」
ワシ、アヒムは焦っていた。
幾度となくギフトの力を使って刎ねたはずのヒュドラの首。しかし、いつの間にか斬ったはずの首は再生していた。
自分のしていることが、ひどく無意味なことのように思えて、その度に剣が重く感じた。
この森にヒュドラのような大物が生息しているなど知らなかった。しかし、現実にヒュドラはワシの目の前に居る。
知っていれば、対策を調べただろうに。そんな後悔は無能の証に過ぎない。
なにか、なにか対策を打たなければ!
しかし、窮地に良い考えが都合よく浮かぶわけがなく、いたずらに時が過ぎていく。
「クゥ……ッ!」
厄介なことは他にもある。ヒュドラの毒だ。ヒュドラを傷付ける度に毒の血が溢れ出すのだ。溢れ出した毒の血は瘴気となり、呼吸するだけで毒に侵されていく。
バッハをはじめ、部下の動きが緩慢なのは毒の影響だろう。ワシも頭がぼうっとし、手足が痺れていた。村人などは、既に倒れ伏して久しい。このままでは長くは保たないだろうことはわかっている。しかし、打てる手が無い。
ヒュドラにもそれがわかっているのだろう。奴は首を敢えてさらして斬ってみろとワシを挑発していた。
ヒュドラの首を斬れば毒の血が溢れる。ヒュドラはもはやワシたちを脅威と見ていないのだ。やがて毒に溺れ死ぬ肉に過ぎない。
どうすればいい? どうすればこの窮地を乗り越えることができる?
旦那様に託されたこの領の未来を、双子を救うためになにができる?
わからない。ワシには、ワシには……。
「オールヒール! ポイズナ! 待たせたな! 全員、リアに続いてヒュドラの首を刎ねろ! バッハ! お前が首の傷口を焼き焦がせ! それで首の再生を阻止できるはずだ!」
諦めかけた心に、坊ちゃんの声が届いた。
体がフッと軽くなり、毒に侵され熱を持っていた思考がスッキリとする。無限の活力が湧いてくるような気がした。
◇
「坊ちゃん……、お嬢……」
「アヒム、ボーっとするなよ? ヒュドラを討伐するぞ!」
「はい……、はいっ!」
なんだか泣きそうな顔をしていたアヒムに声をかける。アヒムは目元を乱暴に拭うと力強く頷いた。
「バッハ! 聞いていたな? お前がヒュドラ討伐の要だ! 気張れよ!」
「俺が……? はいッ!」
「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
突然暴れ始めたヒュドラを見ると、コルネリアがヒュドラの首を刎ねたところだった。首からは紫色の血が溢れ、紫の瘴気が立ち上る。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そんな毒々しい首の傷口に飛び込んでいくのはバッハだ。バッハは瘴気を吹き出す首の傷口にまるで抱き付くようにして炎を纏う。
「ヒール!」
ぶっといヒュドラの首を焼くには飛びついた方が早いのだろうが、なんとも無茶をする。定期的に回復してやらないとダメだな。
だが、不思議とバッハがこれ以上ないほど一生懸命なことが伝わってきた。
世話が焼けるが、嫌いじゃないぞ。がんばれ、バッハ。男を見せろ!
◇
「だぁあああああああああああああああ!」
俺、バッハはガムシャラにヒュドラの首の傷口に抱き付くとギフトの力を最大にして焼き焦がす。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
ヒュドラは嫌がって首をブンブン振るが絶対に離さない!
俺が、俺こそがヒュドラ討伐のキーマンなんだ!
俺が諦めちまえば、ヒュドラが討伐できないんだ!
死んでも放すもんか!
「ごはっ!? ぐほっ!?」
地面に叩きつけられ、民家に叩きつけられても放さなかった。だって……。
「ヒール!」
緑の温かな光に包まれると、傷付いた体が治癒される。男爵様が居る限り、俺は死なねえんだよ!
男爵様との初対面の印象は最悪だった。なんて偉そうなガキだと思ったし、躾けてやろうとケンカを売った。
実際は本当に偉いお貴族様だし、俺なんかが直接口を聞いていい御方じゃないってのにな。本当に、無知ってのは怖いぜ。
そんなお貴族に手を上げたってのに、俺はなぜか許された。
本当なら言い訳なんて聞いてもらえず、問答無用で打ち首。連座で俺の家族も打ち首だってのにな。
執事の爺さんの話では、俺を許すように取り計らってくれたのは、男爵様らしい。
俺は、俺の家族は男爵様によって命を救われたのだ。
俺はバカだが、それがどんなにあり得ないことなのかはわかってるつもりだ。
だから、俺は男爵様のために命を懸けることを誓った。
命の恩は命で返す。男ならそういうもんだろ?
それで、領の常備兵に志願したんだ。バカだから恩を返すにはそれぐらいしか思いつかなかったしな。
そして、今。俺は初めて俺にしかできない命を懸けるべき仕事に出会えた。今こそ恩を返す時だ!
「GYAUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!?」
「うるせえっての……」
俺はこの期に及んでまだ暴れているヒュドラの紫の肉に喰らい付いて離さない。
「だからよ……」
絶対に放すもんかよ!
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