032 急変
「はぁ……」
いつものように仮病を使ってヒューブナー辺境伯からの使者を追い返した。
今日はやたらとしつこかったな。この誘いを拒むならば、災いが降りかかるとまるで預言者のようなことも言っていた。ヒューブナー辺境伯からの誘い自体が災いだというのに。まったく……。
「お兄さま、大丈夫?」
「坊ちゃま、お加減はいかがですか?」
「リア、心配してくれるのは嬉しいけど、ノックを忘れてはいけないよ? 爺、腹が減った。なにか用意してくれ」
「はーい」
「かしこまりました」
爺が部屋から出ていくと、コルネリアが心配そうな顔でベッドの近くの椅子に座る。
「お兄さま、やっぱりご飯を食べないのはやり過ぎだと思うわ。ちょっと心配よ……」
「すまないな、リア。心配をかけた」
コルネリアを心配させるのも悪いし、そろそろ辺境伯側も仮病には気付いているだろうし、今度からは止めてしまおう。
言い訳はそうだな……。領内が収まらないとか適当に言っておけばいいだろう。オレもリアも十二歳になれば、学院に行くからな。もう一年だけの辛抱だ。
「坊ちゃま、お食事の用意ができました」
「ああ」
オレはベッドから立ち上がると、すぐにコルネリアがオレを支えるようにオレに抱き付いてきた。
「リア、オレは大丈夫だよ?」
「そんなコケた顔で言っても説得力なんてないんだから!」
たった二日食事を抜いただけだというのに、コルネリアはよほど心配しているらしい。コルネリアのその心が、オレには眩しくて温かかった。
だからついつい甘えてしまう。
「わかったよ……」
「わかればいいの」
コルネリアに支えられながら、オレは食堂へと歩いていく。
「坊ちゃま、私もお支えましょうか?」
「いや、いい。オレは一人でも歩けるのだが、リアが心配してな……」
「はぁ……?」
「爺や、お兄さまのことは私に任せて!」
「そういうことでしたら……。お嬢様、坊ちゃまのことをよろしくお願いします」
「うん!」
上から見下ろしたコルネリアの顔は、少しだけ朱が走り、なにがそんなに嬉しいのかわからないほどニコニコだった。
「はい、お兄さま。座って」
「ああ。ありがとう、リア」
爺が引いた椅子に座ると、コルネリア近くの椅子に腰を下ろした。
「リアもなにか食べる?」
「うん! ちょっとお腹が空いちゃって……」
恥ずかしそうにワンピースのお腹を摩るコルネリア。その困ったように恥じらった顔だけでオレは元気になれる。元気リンリン、パンパンマンだ!
「お待たせいたしました」
爺がオレとコルネリアの前に食事を置く。オレの方は黒パンにブルスト、ザワークラウトとまるでホットドッグにしてくださいと言わんばかりのメニュー。そして、コルネリアの前には、ポテトチップスがこんもり盛られていた。
「わぁあ!」
コルネリアの顔はもうウキウキだ。甘いお菓子が用意できないからとコルネリアに詫びるつもりでポテチを出したことがあるのだが、あれ以来コルネリアはポテチにハマってしまった。好きな食べ物を訊くと、「チップス!」と元気に答えるくらいだ。貴族のご令嬢としてどうだろうと思わなくもないけど、コルネリアが幸せならOKですッ!!
「う~ん! 塩加減が絶妙だわ!」
オレはポテチを一つずつ摘まんで食べるコルネリアを見ながら、手早くホットドックを完成させた。一口頬張れば、ブツリとブルストが弾け、それをパサパサの黒パンが支える。
黒パンが硬くてパサパサすぎるが、酸っぱいザワークラウトと黒パンもブルストのいいアクセントだ。無性にケチャップが欲しくなるが、オレはケチャップの作り方を知らない。というか、トマトさえ見たことが無い。ジャガイモと同じく渡来品になるのだろうか? いつかケチャップを再現してみたいものだ。
というか、ニワトリを手に入れたのだから、ケチャップと双璧を成す調味料マヨネーズが作れるんじゃないか?
マヨネーズの材料は、卵黄と酢と塩、それから油だろ?
かき混ぜるのはたいへんだが、そのあたりは料理人に任せればいい。
そうだな。今日にでもマヨネーズを作ろう。マヨネーズがあれば、かなり食卓が豊かになること間違いなしだ。硬くて酸っぱくてパサパサの黒パンも少しは食べやすくなるかもしれない。
きっとコルネリアも気に入ってくれるはずだ。
そんなことを考えていたら、ふと視線を感じた。コルネリアだ。
「どうしたんだ、リア?」
「え!? その、おいしそうだなって……」
コルネリアの視線の先には、ホットドッグがあった。どうやらホットドッグが欲しいみたいだけど、恥ずかしさが邪魔をして素直に言うことができないみたいだ。
「ほら」
「え? でも……、それはお兄さまのだし、お兄さまはたくさん食べないと……」
「少しくらいかまわないよ」
オレは笑って言うと、コルネリアはゆるゆると首を横に振った。
「私にはチップスがあるもん! そんなに食べちゃうとおデブになっちゃうわ」
「リアは痩せすぎだよ。もう少し食べた方がいい」
「ほんと……?」
「本当だよ。さあ、お食べ」
「じゃあ、ちょっとだけ……」
顔を赤くして恥じらいながらも首を伸ばすコルネリア。まったく、コルネリアはかわいいなぁ!
もう少しでコルネリアがホットドッグを頬張るというところで、乱暴に食堂のドアが開けられた。コルネリアが驚いて首を引っ込めてしまったじゃないか。
オレは下手人であるアヒムを見ると、アヒムはひどく焦っているようだった。
「坊ちゃん! たいへんです!」
「どうしたアヒム? 今は見ての通り食事中なんだが……」
主の食事を邪魔するのは、礼儀がなっていないと怒られても仕方がない行為だ。爺もアヒムの態度に眉を逆立てている。
「それどころじゃないんです!」
アヒムがヒステリーでも起こしたように叫ぶ。くだらない要件ならアヒムも出直すだろう。そうしないだけの理由があるのだ。それもよくない類の……。
「どうしたんだ、アヒム?」
「森が! 森が! 森が燃えてるんです……!」
「ッ!?」
森が燃えてる!? なんでそんなことに!? そんなことになったら……。
「消し止められそうか?」
「もう無理です! すぐにお逃げください! モンスターが! モンスターが!」
一縷の望みをかけてアヒムに問うが、もう一刻の猶予もなさそうだった。
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