029 忠告
「ベンノ、久しいな」
「ベンノさん、こんにちは!」
古ぼけた応接室に入ると、ベンノがゆったりと立ち上がり、人好きのする笑顔を見せた。
「隣に居るのが、ベンノ自慢の息子か?」
いつもはベンノ一人のはずだが、今日は十歳くらいの子どもを連れていた。子どもはボーっと座ったままコルネリアを見ていた。見惚れているのか? たしかにコルネリアは妖精のように美しいからな。気持ちは分からんでもない。
「はい。お久しぶりでございます、バウムガルテン男爵様、コルネリアお嬢様。こら、アルノー! ちゃんと立って挨拶しないか!」
「いでッ!?」
ゴチンッとベンノが容赦なくアルノーの頭を叩くと、アルノーは弾かれたように立ち上がり、頭を下げた。
「も、申し訳ありません! ベンノの子、アルノーです。バウムガルテン男爵様とコルネリアお嬢様にお会いできて、恐悦至極に存じます!」
おそらくベンノに叩き込まれたのだろう。定型通りの挨拶をするアルノー。まぁ、まだ十歳だからこんなものだろう。
「申し訳ありません、バウムガルテン男爵様。まだアルノーにはお二人に面会するのは早いかとも思ったのですが、平民は十歳から親の仕事の見習いになります故この場にもアルノーを連れてきてしまいました」
「かまわんよ。アルノー、長旅ご苦労だったな。仕事には慣れたか?」
オレに話しかけられると思っていなかったのか、アルノーが目をパチパチさせてオレとベンノを交互に見る。
「アルノー、バウムガルテン男爵様からのご下問に早く答えなさい」
父親の援護が受けられないと悟ったアルノーは、口を開いては閉じを数度繰り返して、やっと言葉を紡ぐ。
「その、目新しいことばかりで、まだ慣れません……」
「はぁ……」
アルノーの情けない答えを聞いて、ベンノは溜息を吐いてしまった。
そうだね。ここは自分の仕事ができることをアピールするチャンスだった。嘘を吐くのはよくないが、言い方というものがある。例えば「目新しいことばかりで、楽しいです」と少し変えるだけでも、だいぶ受け取り手の感じ方は違うのだ。
まぁ、そういう機微はこれからベンノに教育されるのだろう。商人の子というのはたいへんだな。
「そう溜息を吐く必要も無いだろう、ベンノ? 嘘を吐く愚か者よりもよほどいい」
「そう、ですね。バウムガルテン男爵様の慈悲深いお言葉に感謝します」
「それで、たしか前回はニワトリを頼んだのだったか? 何羽くらい集まった?」
「はい。ニワトリですが、今回は十七羽ご用意できました。オスが五羽、メスが十二羽になります。バウムガルテン男爵様のお言葉通り、メスを多めに集めさせていただきました」
「よくやってくれた、ベンノ」
「恐れ入ります」
ベンノが当然と言った顔で頭を下げ、そんなベンノをアルノーはキラキラした瞳で見ていた。
貴族と対等に渡り合ってるお父さんかっこいい!
そんな感じかな?
「このベンノ、バウムガルテン男爵様は養鶏を始められるつもりだと推察します」
「そうだな。そのつもりだ」
「でしたら養鶏の経験のある者をご所望かと思い、こちらで用意させていただきました」
「ほう? たしかに欲しいが……」
「養鶏を営んでいる者の三男ですが、仕事はバッチリ覚えています。ご所望でしたら、すぐにでも呼び出せますが、お会いになりますか?」
「今日、連れてきているのか?」
「はい」
そもそもニワトリが居ないので当たり前だが、バウムガルテン領には、養鶏の経験がある者が居ない。なんとなく、前世では学校で育てていたニワトリなんて簡単に育つだろうと考えていたが、たしかな専門家が居るのなら欲しい状況だ。
専門家の引き抜きは難しいだろうと諦めていたが、居ると言うのなら買い上げる一択だな。
「すぐに呼んでくれ」
「かしこまりました。アルノー、呼んでおいで」
「はい!」
アルノーが駆けていく後姿を見ながら、オレはベンノの手際の良さに感心していた。
◇
「有意義な商談だった」
「バウムガルテン男爵様……」
「なんだ?」
商談も終わり、そろそろ解散というところで、ベンノがオレを呼び止めた。その顔は心配そうにオレを見ている。なにかあったのか?
「私は、ヒューブナー辺境伯様と懇意にしている商会とも取引があるので、いろいろな噂が漏れ聞こえてくるのですが……。ヒューブナー辺境伯様は、バウムガルテン男爵様の態度にだいぶお怒りであったと聞いています。お家を大事になさるべきかと愚考します……」
「そうか……」
たぶんそろそろ気付かれているだろうなと思っていたが、ヒューブナー辺境伯はオレの仮病に気付いたらしい。
仮病まで使って息子の友人になるのを断るオレに怒り心頭のようだ。
それでベンノは、遠回しにヒューブナー辺境伯の言葉に従った方がいいのでは? と、言っているのだ。
たしかに、ベンノの言い分は正しい。寄り子が寄り親の命令に逆らうこと自体稀なのだ。
それに、未来で破滅するから近寄らないようにしているだけと言っても、頭がおかしいと思われるだけだ。
そんなことはわかっている。事情を知らない人間から見れば、オレは単にわがままを言ってるように見えるだろうことは。
だが、オレだけならいいが、コルネリアも居るのだ。ベンノの忠告を無視してしまう形にはなるが、断じて妥協はできない。
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