028 エリザ
「「ジャンケン、ポン! あっちむいてほい!」」
「しゃおら!」
「くっそー……!」
子どもたちの元気な声が聞こえてくる。ここはバウムガルテン邸の大広間。子どもたちに教育を施すための教室だ。
「「ジャンケン、ポン! あっちむいてほい!」」
子どもたちがハマっているものが、ジャンケンとあっちむいてほいだ。少し前にコルネリアに遊び方を教えたら、あっという間に子どもたちの間で大流行した。
特に男子は、夕食のおかずを賭けたあっちむいてほいをしているらしい。栄養が偏るから止めてほしいところだが、まぁ娯楽は必要だろう。今のところ見逃している。
「皆、元気だな……」
オレの独り言に、後ろから答えがあった。
「ディートフリート様のおかげで、お腹一杯ご飯を食べることができますから。皆がディートフリート様を称えています」
「そうか……」
黒髪の好青年。爺の孫のクラウスだ。今年卒業したばかりの十五歳で、オレ付きの執事。爺たちが他の子どもに負けないように躍起になって教育したのか、卒業成績はトップの秀才君だ。
最近は爺と行動を共にするより、クラウスと行動を共にすることが多くなっていた。
爺には領の運営を任せ、クラウスがオレの世話をする感じだ。来年から学園に行くから、その下準備だろう。
「コルネリアはどこかな……」
教室の中をコルネリアを探して見渡すと、コルネリアは一人の少女と談笑していた。透き通るような茶髪をした少女だ。
コルネリアのお友だちであるエリザだな。たしかコルネリアの三つ年上でとても女らしい体つきをしていた。成績は優秀。コルネリアもよく慕っている。次のコルネリア付きのメイド候補の少女だ。
気が付けば、コルネリア付きのメイドであるデリアも二十一歳になるからな。男と違って女は結婚したら仕事を辞める。デリアもいつ結婚するかわからないが、そろそろ辞めるという話になってもおかしくはない。
デリアはバウムガルテンの屋敷で働いていて、礼儀作法も身に付けているし、人当たりも柔らかい。それにそれなりの給料を貰っているから領民たちにはモテるらしい。
案外、結婚の許可を与えたらすぐに結婚するかもな。平民も貴族ほどではないが早く結婚する奴が多いし。
デリアにはコルネリアが邪神の呪いで苦しんでいる時に親身になって助けてくれた恩がある。できる限り幸せになってもらいたいが……。まぁ、それを選択するのはデリア自身だ。
「リア、迎えに来たよ。そろそろ夕食の時間だ」
「お兄さま!」
コルネリアは元気いっぱいにオレに飛び込んできた。コルネリアを優しく受け止め、勢いを逃がすために時計回りに回転する。
「お兄さまあのね。リア、今日もお勉強がんばったよ?」
「うんうん。偉いな、リア」
オレはにこにこと嬉しそうに報告するコルネリアの頭を撫でる。
「えへへ……」
コルネリアは目を細めてちょっと恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ、リア。食堂に行こうか。さあ、お友だちに挨拶して」
「うん! エリザ、また明日ね!」
「はい。リア様、また明日お会いしましょう。ディートフリート様、御前失礼いたします」
エリザはそう言って綺麗な礼をした。さすが、コルネリア付きのメイド候補。よく教育されているな。
それよりも気になったのが……。
「リアはエリザに愛称を許したのかい?」
貴族の名前とは特別だ。決して平民が縮めて呼んでいいものではない。
名前の呼び方一つで大袈裟なと思わないでもないが、この国では無礼打ちされても文句は言えないほど失礼な行為となっている。
エリザはそんなことも知らないことはないだろう。ということは、コルネリアがエリザに愛称を許したのだ。
「うん! エリザはお友だちだもん!」
「そうか……」
コルネリアはエリザをお友だちとして認識している。だが、二人の間には、明確な身分の差がある。それがコルネリアの交友関係に影を落とすようなことが無ければいいが……。そう思わずにはいられなかった。
◇
「坊ちゃん、前々から不思議だったんですが、坊ちゃんがたまに使う馬鹿力は何なんですか?」
ある日、いつものようにアヒム相手に剣の修行をしていたら、不思議そうな顔をしたアヒムに問われた。
「坊ちゃんのギフトは治癒。これは間違いありません。でも、坊ちゃんはまるで怪力のギフトを授かったかのようにたまに力が強くなります。ワシにはそれがわからんのです」
まぁ、いつも一緒に訓練しているアヒムが不思議に思うのも無理はないか。
他の者なら適当にはぐらかすかもしれないが、オレはアヒムに真実を話していた。
「人間というのはな、アヒム。通常は20~30%の筋力しか使っていないのだ。そうしないと、筋肉や骨が壊れてしまうからな。だから通常は体にストッパーがかかっている。オレはストッパーを壊して100%出しているだけだ」
「はぁ……? でもそうすると、坊ちゃんの体は壊れないのですか?」
「壊れている」
「え……?」
「壊れているが、瞬時に治しているんだ」
アヒムの顔が苦虫を嚙みつぶしたような渋面を作った。
「……痛くはないのですか?」
「無論、痛いぞ? だが、コルネリアの隣に立つためにはこの程度なんのことはない」
「それは……。ですが……」
「この話はコルネリアには内緒だぞ? 知ったら気に病むからな」
「な、なぜ、そうまでして……?」
「オレはコルネリアを護りたいんだ。最強に見えるコルネリアだが、世界にはコルネリアを凌ぐ強者がごまんと居る。そんな時、オレはコルネリアと一緒に立ち向かいたい。まぁ、今はまだスタートラインにすら立てていないがな」
気が付けば、アヒムはまるでお化けにでも会ったかのような顔でオレを見ていた。
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