027 ディートリア
「ふむ。けっこう採れたな」
バウムガルテンの屋敷の裏庭。オレの目の前には山となったジャガイモが鎮座していた。イモも大きいし、まずまずの取れ高だろう。ジャガイモの茎や葉が枯れるまで掘るのを待った甲斐があったな。
ジャガイモを五つしか植えていないのに、大小合わせて百以上のジャガイモを収穫できた。かなり数が増えたな。まずはバウムガルテンの屋敷のある本村から領民たちに食べ方と一緒に広めていこう。
ゆくゆくはバウムガルテン領の特産品にでもなれば儲けものだ。
とはいっても、この国ではジャガイモはまだ珍しいから受け入れられるか分からんがな。
だが、地球でもヨーロッパの食文化に入り込めたし、そこまで心配しているわけではない。おいしいは正義なのだ。
「お兄さま! ジャガの実がこんなにたくさん! すごい、すごい!」
「こんなに実がなるなんて……。ワシは長年畑をやっとりますが、こんな大豊作は初めてです!」
コルネリアと、ジャガイモ栽培を手伝ってくれた農夫が感激の声をあげた。
「このジャガの実は、毒があってな」
「毒ですか……? じゃあ……」
農夫の親父が目に見えてがっかりした。
「だが、少し調理をすれば毒を取り除ける。そして、なんといってもこの収穫率だ。我がバウムガルテン領で栽培しようと思うが、どう思う?」
「なるほど。あとは味次第ですが、皆やりたがると思います」
「味はおいしかったよ! ヤギのチーズをかけると最高なの!」
「そいつはいい!」
「そうなると、あとは名前だな」
「名前?」
「そうだ。ジャガの実には毒があるからな。警戒されてしまうかもしれんし、栽培しても真似されてしまうかもしれん。名前を変える必要がある」
商人に聞いたが、ジャガイモはまだこの国では珍しいらしい。しかし、少数は園芸目的で栽培されているようだ。もしジャガイモが安全に食べられるとなったら、一気に広まってしまうかもしれない。それではバウムガルテンの旨味が少ないのだ。
いずれ広まってしまうことでも、できるだけ情報を隠匿し、少しでも利益を上げたい。
「どんなお名前にするの?」
「そうだな……」
男爵イモ、バウムイモ、ガルテンイモ、コルネイモ、いろいろ浮かぶが、どれにすべきか……。
「リアが嫌じゃなければ、コルネの実なんてどうだろう?」
この世界のジャガイモは、白い花弁に赤い雄しべの花を二つ咲かせる。オレにはなんだかその花が、色白で赤い瞳を持つコルネリアを連想させた。
「コルネって私のこと?」
「ああ。花がコルネリアに似ているから……」
「私もね、花が私とお兄さまに似てると思ったの」
「オレが?」
たしかに、白い肌に赤い目を持つのはオレも同じか。コルネリアの言うこともわかる。
「うん! それに二つの花が咲くでしょ? だから、私とお兄さまみたいだなって。だからね、私だけじゃなくて、お兄さまの名前も貰いたいなって」
オレの名前を?
「そうか……。じゃあ、ディーとリアの花で、ディートリアなんてどうかな?」
「うん! いいと思う!」
なんだかジャガイモの名前に自分とコルネリアの名前を付けるなんて予想外だったな。
「じゃあ、本日よりこの作物の名前はディートリアの実だ」
「なんだか私とお兄さまの子どもみたいだね」
そう言って恥ずかしそうに照れるコルネリア。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。でも、コルネリアのおかげでオレはディートリアに愛着が湧いてきた。
「ゴホンッ。爺、ディートリアの名前と、実の栽培方法と毒の取り除き方を村の者たちに周知しろ。ゆくゆくはこのバウムガルテン領の特産品にするのだ!」
「はっ、かしこまりました!」
ようやく、ようやくだ。
ようやくバウムガルテン領に明るいニュースが届けられるかもしれん。
この大地が瘦せこけ、モンスターの襲撃も多い決して住みやすいとは言えないバウムガルテン領だが、ようやく希望を見出せた。
ディートリアの実には、この昏い閉塞的な空気を吹き飛ばす嵐のような力があるだろう。なんとしても軌道に乗せなければ。
◇
「ゴホッ、ゴホッ……。では、ヒューブナー辺境伯様には、よろしくお伝えください……。ガハッ、ゴホッ……」
「かしこまりました。バウムガルテン男爵様もくれぐれもご自愛ください」
「かたじけない……」
いつものように仮病を使ってヒューブナー辺境伯からの使者を追い返した。これをやるためには二、三日ご飯を抜く必要があるから面倒だ。だが、その効果もあってか、今までオレを無理に辺境伯領まで連れ出そうとした使者は居ない。
元々将来破滅するヒューブナー辺境伯の誘いを受けるつもりもないし、できる限り距離も置きたいが、今は我がバウムガルテン領の将来が決まると言っても過言ではない大事な時期だ。そんな時に領地を空けるわけにはいかない。
頼むぞディートリア。せっかくオレとコルネリアの名前を付けたんだ。少しでもいいからバウムガルテン領を富ませてくれ……!
オレはそう願いながら、重たい体をベッドへと倒すのだった。
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