024 【火事場の馬鹿力】
「せやあ!」
「はぁあ!」
アヒムによって振り下ろされた木刀をギリギリのところでバッハが籠手で受け止めた。ガシャンと軽い金属音が鳴り響き、戦局が動く。
先に動いたのはアヒムだった。おそらく、バッハに攻撃を止められることを予測していたのだろう。素早く木刀を引き、今度は突きを放つ。
「あぁああッ!?」
バッハの顔に迫る木刀。バッハは情けない声をあげながらも、寸前のところで首を傾けて躱してみせた。偶然だが紙一重の回避だ。戦局が大きくバッハに傾くのがわかった。
「しゃおら!」
バッハにも自分が優位に立ったことがわかったのだろう。先ほどとは違う力強い雄叫びをあげながら、アヒムへと一歩踏み込んだ。
アヒムの木刀に対してバッハの武器は拳だ。元よりリーチに差がある。木刀を持つアヒムに先手を取られるのは仕方がない。
木刀を持つアヒムの方がリーチの差で有利な組み合わせだが、それは相手との距離が空いている時だけ。バッハが一歩踏み込んだことでアヒムの間合いを潰し、拳の距離、極近距離戦となる。こうなれば、バッハの方が有利だ。
バッハが初めてアヒムに勝てるかもしれない千載一遇の好機。
オレにはそう映ったのだが……。
ベシッ!
「はえッ!?」
現実には突きを放ったはずのアヒムの木刀がひらりと翻り、バッハのこめかみを殴打した。その勢いに押されたのか、バッハの体が右に流れ、ついには転んでしまう。
バッハの負けか……。勝ったかと思ったのだが、見誤ったな。
おそらく、アヒムの突きには力を籠められていなかったのだろう。だからあんなにも素早く突きから斬撃へと移行できたのだ。
対戦相手であったバッハならともかく、近くで見ていただけのオレはそのことに気が付くべきだったな。
武術というのは本当に奥が深いし、わからないことだらけだ。
アヒムに相談したら、まずは目を養うべきと先ほどから模擬戦を見学しているんだが、これが意外と勉強になる。
たしか見稽古なんて言葉もあるくらいだから、見ることは大事な稽古なんだな。
「バッハ、だいぶ良くなってきたが、もう少し相手の狙いを読む頭と目が必要だな。自分に有利なことが起きた時こそ警戒するべきだ」
「うっす!」
しかし、バッハもしばらく見ない間にだいぶ真面目になったな。最初はどうなることかと思ったが、人の成長とは素晴らしいな。
「次は坊ちゃんいきましょう」
「ああ、よろしく頼む」
オレは木刀を片手にアヒムと向き合った。構えは八相。基本形だな。時代劇などでよく見る構えだ。よく見るということは、それだけ実用的ということだろう。アヒムに教わったのも、最初はこの八相の構えだった。
静かにアヒムと睨み合うこと数分。先に動いたのはアヒムだった。
スッと木刀を地面スレスレまで下ろし、摺り足で迫ってくる。地摺りの正眼と呼ばれる構えだ。そして初見殺しの構えでもある。
近づいてくるアヒムに怯えてこちらから攻撃を仕掛ければ、アヒムの木刀が跳ね上がり、突きで勝負ありだ。
初めて見た時はまんまとやられたものだが、オレはこれに対する対抗策を考えていた。
「ッ!」
オレは破れかぶれで動いたように前へと踏み出した。それと同時にアヒムの木刀が跳ね上がる!
それを確認する暇もなく、オレは高速でバックステップを踏んだ。先ほどの前進は浅踏みだ。やっていることとしては、先ほどのアヒムとバッハの模擬戦のアヒムの勝利を決定づけた力を籠めない突きと同じだ。
前進するように見せかけて、バックステップを仕込んでおく。
フェイント。言葉にすれば単純だ。しかしその効果は大きい。
跳ね上がったアヒムの木刀。アヒムの腕は伸びきっており、フェイントではないことがわかった。
あとは……!
「はぁああああああああッ!」
バックステップを踏んだ足を無理やり前進させる。アヒムの木刀を潜るように姿勢を低くし、自分自身を弾丸のように弾き飛ばす!
普通なら、そんな無理な行動をすれば怪我をしてしまう。コルネリアを救おうとジャンプした時のように、足の腱が切れてもおかしくない。
だが、オレはそんなこと拘泥しない。
なぜならば、オレのギフトは治癒。そんな怪我など一瞬で治せるのだから。
プチプチッと筋肉の繊維が千切れる音を感じた。鋭い痛みが走る。しかし――――ッ!
「はぁあ!」
「ごばはッ!?」
代償を払い、オレはアヒムの撃破に初めて成功したのだった。
◇
「えい!」
「ぽげらッ!?」
目の前のコルネリアとアヒムの模擬戦を見ながら、オレは考える。
やはり、人間の限界を超えた力【火事場の馬鹿力】は役に立つ。アヒムは人間と戦っているつもりだったからな。人間以上の力を出せれば有利になるのは決まっていた。
そして、オレの治癒のギフトは壊れた体を瞬時に癒し、【火事場の馬鹿力】の欠点を補ってくれる。
オレのギフトは戦闘系じゃない。だから、順当に勝負すれば戦闘系のギフトを持つ相手に負けるしかない。
だが、【火事場の馬鹿力】を使えば、相手の裏をかけるかもしれない。
コルネリアは弱いオレを護ろうとするだろう。だが、オレもコルネリアを護りたいのだ。
体が壊れる痛みなどで立ち止まるわけにはいかなかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ評価、ブックマークして頂けると嬉しいです。
下の☆☆☆☆☆をポチッとするだけです。
☆1つでも構いません。
どうかあなたの評価を教えてください。