023 ジャガ②
「ディーの坊ちゃん、こんな感じでいいんですかい?」
「うむ。よくやってくれた」
「いえいえ、これくらいお安い御用でさあ」
ボロ屋敷と表現してもいいだろうバウムガルテン邸の裏庭にオレは居た。隣には興味津々といったコルネリアが居る。
青空の下、オレとコルネリアの前には耕された狭い土地があった。アヒムをはじめとした四人の常備兵、そして子どもたちも試してみたが、誰も体調不良を申し出なかったので、ジャガイモの栽培を始めるつもりだ。
食べて数が減っちゃったからね。これから一生懸命育てて増やしていかないと。将来的には、小麦は税として回収し、ジャガイモは領民たちが食べればいいと思っている。少なくともまともに食べるものが無い今よりも領民の栄養状態を改善できるはずだ。
「お兄さま、急にガーデニングに目覚めたの? でもこんな隅っこじゃなくてお庭の表でやればいいじゃない?」
「オレが欲しいのは花じゃなくて根っこだからね。ここでいい」
「え? ふーん?」
「リアも商人の話は聞いていただろ? ジャガの根っこを育てて食べるのさ」
「えー!? でも、あれは毒があるって……。お腹痛くなっても食べるの……?」
期待通りの反応が返ってきて気持ちがいいね。オレは種明かしするようにコルネリアに告げる。
「ジャガの根っこの芽を取り除けば大丈夫だよ。毒があるのはそこだけだからね。リアも食べたけど、お腹痛くなってないだろ?」
「私食べてたの!?」
「ほら、昨日の夕食に出たヤギのチーズがかかった白い実があったろ? それだよ」
「そうなんだ……」
自分も食べていたと知ってショックを受けたのか、コルネリアは心配そうにお腹を撫でる。
「でも、お腹痛くない。本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ、お兄さまが噓を言ったことがあったかい?」
「うーうん、ない!」
「じゃあ大丈夫だね?」
「うん!」
元気に頷くコルネリア。いつか悪い大人に騙されてしまいそうで心配になる純真さだ。
まぁ、そんな奴はオレが許しはしないが。
とはいえ、まずはジャガイモの栽培だな。オレには農業の知識なんて丸っきりない。なぜジャガイモを求めたかと言えば、瘦せた土地に強い食物がジャガイモくらいしか思い浮かばなかったからだ。特に大きな理由があるわけじゃない。
「あとは連作障害か……」
オレの乏しい農業知識の一つが連作障害だ。
「れんさくしょーがい? お兄さま、れんさくしょうがいって何?」
「平たく言うと、同じ作物を同じ土地に植え続けるとさまざまな障害だな。虫が湧いたり、作物の育ちがよくなかったりな」
だが、中には連作障害が無い作物もあるらしいが、ジャガイモがどうだったかは覚えてない。
そういうのもここの試験的に作った小さな畑だったら確かめられるな。そして、なにか起こっても被害を限定的に抑え込める。
「虫はいやー!」
「まぁ、今回は最初だし、たぶん大丈夫だよ」
オレに抗議するように手を振り上げたコルネリアの頭をポンポンと軽く叩いた。
◇
「ゴホッ、ゴホッ、では、辺境伯様にはこちらの手紙を……どうぞ、よしなに……」
辺境伯からの使者に手紙を渡し、丁寧に辺境伯の跡取りのご友人になるのを謝辞する。
使者は不審そうな目でオレを見ながらも、手紙を受け取って帰っていった。
辺境伯からの誘いは、未だに定期的に来ていた。
それだけ治癒のギフトの持ち主は貴重で、需要が高いということだろう。
使者が来る度に二、三日食事を抜いて病人のフリをするのも面倒だな。使者も薄々感づいてるみたいだし、どうしたらいいんだろうな?
そろそろ新たな断る理由を作らないといけないのかもしれない。
「お兄さま、大丈夫……?」
ドアが少しだけ開き、コルネリアがそっと頭だけ覗かせていた。
たいへんかわいらしいが、お行儀としては悪いな。コルネリアの礼儀の教育も早く始めた方がいいだろう。
オレは苦笑しながらコルネリアを手で招く。
「大丈夫だよ、リア。おいで」
「うん!」
「辺境伯の使者には見つからなかったかい?」
「うん、爺やがもう大丈夫だって!」
「そうか」
オレは素直なコルネリアの頭を優しく撫でる。コルネリアは気持ちよさそうに目を細めた。
「ひゅんっ」
オレの手はなにを思ったのか、コルネリアの左耳をゆっくりと撫でてマッサージする。
コルネリアは耳が弱いのを知っている。コルネリアの小さく柔らかい耳をモミモミすると、だんだんと耳が赤くなり熱を持ってきた。
「あっ」
最後にピンッと耳を弾くと、コルネリアのフェイスラインを沿って手で撫で下ろし、首をそっと撫でる。
「あぁー……」
特に意味もなくそのまま手を撫で下ろすと、まだまだぺったんこなコルネリアの胸だ。
さすがに胸を触るのはアウトだろう。オレは手を引っ込めると、不思議そうな顔をしたコルネリアと目が合った。
「お胸は触ってくれないの……?」
「さすがにダメじゃない?」
「私は、お兄さまならいいよ……?」
そう言って胸を張って差し出すようにするコルネリア。その顔は真っ赤で、しかし、潤んだ瞳はオレを見て離さない。
「そういうのは、未来の旦那さんまで取っておきな」
「私、お兄さまと結婚するの!」
これがかの有名な「私、大きくなったらお父さんと結婚するの!」か……。
ごはっ!? 凄まじい破壊力だ……!
だが、オレは知っている。コルネリアももう十歳。もうじき十一歳だ。第二次性徴がきたら、これまでの態度は何だったのかと思うくらい女の子は態度を変える。
「そうだね。コルネリアが二十歳になっても婚約者ができなかったら結婚しようねー」
オレは、未来に爆弾を残したくはないのだ。
「うん? わかった! 絶対だからね!」
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