187 終戦
「斉射!」
カサンドラの号令の下、何重もの風切り音が響き渡る。クロスボウの発射音だ。
発射されたボルトの嵐がモンスターを喰い破り、一時的にその侵攻を止めた。
「もう一度撃ちます! 用意! 次発装填も急いで!」
カサンドラは射撃ポイントから退くと、後ろに並んでいた少女が射撃地点でクロスボウを構える。
まだ成人していない少女だ。そのことにカサンドラは胸を痛めるのは一瞬。
「斉射!」
再び風切り音の重奏が響くと、モンスターが倒れる。だが、倒れたモンスターを踏み潰すように別のモンスターが迫ってくる。
じり貧だ。カサンドラはクロスボウの斉射で滅びの時をわずかに遠ざけているに過ぎない。
そんなことはカサンドラにも分かっている。だが、もう西街の半分以上が敵の手に落ちた以上、効果的な反攻など夢のまた夢だ。
今はゲリラ戦術で少しでも全滅の時を先延ばしにしているだけだ。
「下がります! 急いで!」
しかし、カサンドラは諦めない。クロスボウ部隊に命令を出すと、次の馬防柵へと移動する。
「射撃体勢!」
また少しだけ後退してしまった。そのことを苦々しく思いながら、号令を発するカサンドラ。この先にはもう馬防柵の用意はない。ここが最後の砦だ。砦と言うにはいささか以上にお粗末だが、こんなものでもあると無いでは大違いだ。
できれば、ここでモンスターの侵攻を食い止めたい。カサンドラの後ろには、まだ武器も持てないような子どもたちや、怪我人が居るのだ。
だが、モンスターはそんなことなど勘案してくれない。
先ほどまでカサンドラたちが居た馬防柵を破壊し、モンスターたちが迫る。
「斉射! 次発装填急いで!」
また風切り音が響き渡り、モンスターを倒す。しかし、その効果は初期と比べると半減以下だった。ボルトが金属製から木製に変わったからだ。
その木製のボルトでさえ残り少ない。
ここまでかもしれない。
カサンドラがそう思った瞬間だった。不意にモンスターが立ち止まった。
「え……?」
カサンドラには最初、理解ができなかった。
今まで損害も気にせずに一心不乱に侵攻してきたモンスターたち。ギフトのスキルで確認しても、ここだけではなく前線のすべてでモンスターの侵攻が止まっているのが分かる。
なにが起こっているのか。
そして、更に信じられないことが起こった。
「ど、どうして……」
なんと、モンスターたちが撤退を開始したのだ。それも規則正しい撤退ではなく、我先に逃げるようなみっともない撤退だ。
なにが起こっているのかは分からない。だが……。
カサンドラの見上げるずっと先にある禍々しい城。その上から押し付けるような圧力が無くなっているような気がした。
「ディー……なの……?」
とにかくギリギリのところで助かったのは事実だ。カサンドラの体がふらっと揺れて地面に倒れた。今までずっと張っていた緊張の糸が切れて、カサンドラは意識を失いかけていた。
今までろくに寝ることも無く、部隊を率いていたのだ。
「奥様!?」
「カサンドラ様!?」
少女たちの心配そうな顔を見ながら、カサンドラの意識は途切れた。
◇
「ここが邪神城か……」
リーンハルトが珍しく緊張したように呟く。彼の目の前には、見上げると首が痛くなりそうなほど大きな黒い城が鎮座していた。
これからこの城を攻略する。
ブルリとリーンハルトの体が震えた。彼は武者震いだと自分に言い聞かせて、一歩踏みしめるように足を踏み出した。
「行くぜ!」
リーンハルトは、彼のパーティメンバーに声をかける。
『霹靂』のメンバーも否はないのか、黙ってリーンハルトに続くように歩き出した。
「ディーの話じゃ、最初は城にくっ付いて擬態してるガーゴイルに注意しろって言ってたが……。居ないな?」
そんなことを言いながら、リーンハルトは剣を抜き、臨戦態勢で少しずつ歩を進める。
その時、前方から足音が聞こえた。
「戦闘準備!」
リーンハルトの掛け声に、パーティメンバーが構えを取る。
しかし――――。
「ハルト君、あれ!」
ビアンカが驚いた声をあげた。
◇
「ん? あれってリーンハルトたちじゃね?」
オレは構えていた双剣を下ろすと、リーンハルトもオレたちを認識したのか、武器の構えを解いていくのが見えた。
「ディー? お前どうしたんだよ、その格好?」
「ああ……。ちょっと……な……」
今のオレは、マントを腰に巻いただけの格好だ。まるで風呂上りみたいな格好だな。こんな格好で邪神城を歩き回るなんて正気を疑う光景だろう。
分かってるんだ。そんなことは分かってる。
でも、服の予備なんて持ってないから仕方がないだろ?
「ディーたちは撤退か?」
「ん? 撤退といえば撤退だが……」
「じゃあ、情報をくれないか? 俺たちが必ず邪神を倒してみせる!」
「リーンハルト、かっこよく決め顔しているところ悪いんだが……。邪神はオレたちがもう倒したぞ?」
「…………え?」
その時のリーンハルトの間抜け顔は、笑わないようにするのに苦労した。
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