182 邪神
ゴクリッ!
目の前の大きな両開きの扉を前に、誰かの息を呑む音が聞こえた。
このいかにもな扉の向こうには邪神が居る。つまり最終決戦だ。緊張するのもわかる。オレたちの双肩には、文字通り世界の命運がかかっている。緊張するのも当たり前だよな。オレだって緊張している。
もしかしたら、さっきの息を呑む音の発生源はオレだったのかもしれない。
それさえもハッキリ分からないくらいオレは緊張していた。
ゲームで何度も邪神を倒したオレでもそれだ。後ろのコルネリアたちの緊張はいかばかりだろう。
オレが振り返ると、こわばった顔をした『レギンレイヴ』のメンバーと目が合った。このままじゃマズいな。皆の緊張を解かないと。
「よし、円陣を組もう!」
「円、陣?」
「そうだよ、リア。さあ、皆丸くなって」
唐突にそんなことを言ったオレを皆が不思議そうな顔を見ていた。だが、ちゃんと丸を作ってくれるあたり皆の信頼を感じた。
そして、オレはコルネリアとエレオノーレと肩を組んで、円陣を形作る。
皆で顔を寄せ合って、まるで内緒話でもしているみたいだ。
「いいかい? 皆も察しているだろうけど、あの向こうに邪神が居る」
すぐ近くにある皆の顔がまたこわばったのを感じた。だが、適度な緊張ならいいが、余計な緊張はよろしくない。皆にはベストな状態で邪神を戦ってほしい。だから、オレは小細工をする。
「そんなに怖い顔をしないで。皆は笑っていた方がかわいいよ」
「ディー、今はそれどころでは……」
「いやエル、今だからこそ笑うんだ。それも大声でね。オレは皆のとびきりの笑顔が見たいな。さあ、笑ってくれ。いくよ? あっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「ディ、ディー?」
「お兄さま?」
「お兄?」
「今笑えと言われても……」
皆が困惑しているのが分かる。だが、オレに退くつもりはない。
「皆、無理やりでもいい。笑うんだ! はっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「あははは……」
「いいぞ、リア。もっと大きな声で思いっきり! あっはっはっはっはっは!」
「あははははは!」
「ん。わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
コルネリアとリリーが乗ってきてくれた。オレはクラウディアとエレオノーレに視線を送る。
「もう。うふふふふふふふふふふふふふ」
「うふふ……」
「クラウ、エル、もっと思いっきり笑おう! ここには礼儀にうるさい奴らも居ないからね! 全力で、思いっきり笑っていこう!」
「あははははははははははははははは!」
「あははははははははははははははははははははは!」
「いいね! いい調子だ!」
邪神と戦う前の最後の時間だと言うのに、オレたちは笑い続けた。最初は無理やりだった笑いが、自然な笑いになるまでそう時間はかからなかった。
そうだね。これから死ぬか生きるかの戦いがあるというのに、なんで笑っているんだろうね。
冷静に考えれば考えるほどおかしな状況だ。
でも、緊張でガチガチになっているより、笑っていた方がいい。大きな声で笑うことによって緊張を解し、いつも以上の力が出せるようになる。
前世のテレビで見ただけのうろ覚えな情報だったが、やってみると意外と効果があるかもしれない。緊張で震えそうだった体は解れ、微かに温かくなっていた。
皆の顔を見れば、少し頬が赤くなっていた。
いいね。いい感じだ。
少なくとも、先ほどの真っ白の死にそうな顔よりもいいだろう。
「よし、笑ったし、行くか」
「お兄さま、どうして急に笑ったのですか?」
「それはね、リア。笑うと力が出るからだよ。ほら、皆いい顔してるだろ? 緊張でガチガチになるよりよっぽどマシさ」
「ん。でも、顎痛い……」
「リリーは普段しゃべらないからだよ」
「ふふ。たしかに緊張が解れた気がします」
「そうですね、お姉さま。体も少し温かくなりました」
「つまり、準備万全だね? じゃあ、行くよ。今度は邪神ごと笑い飛ばしてしまおう」
「「「「はい!」」」」
オレが扉を開けようと手を置くと、扉が勝手に開いていく。扉の向こうから、まるでドライアイスを焚いていたかのように白い煙が這い出て、冷たい空気が流れてきた。
オレは気にすることなく歩みを進める。
見えてきたのは、青い炎を付けた黒い蝋燭に照らされた大きな空間だ。奥には大きな黒い玉座に座る黒い全身甲冑があった。
デカい。座っている状態だというのに、四メートルは超えるだろう。
玉座に流れる光の柱は無い。つまり、邪神四天王はすべて討ち取り、邪神にはバフ効果が無いことが分かる。
ありがたい。どうやらリーンハルトたちは約束を守ってくれたらしい。
甲冑の目の部分に開いたスリットから赤い二つの光が漏れる。邪神の目だ。
『来たか……。人の子の英雄よ……』
まるで風が洞窟に反響しているようなかすれて枯れた声だ。これが邪神の声か……。威厳よりも枯れ果てた老人を想起するような覇気のない声だ。しかし、深い深い憎しみを感じる声だ。
『貴様らに恨みはないが……。消えてもらおう。そして、我こそが神として君臨し、新たなる世界を――――』
「リリー、魔法だ」
「ん!」
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