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179 劣勢

 バウムガルテン邸の作戦室。


 ズザネ、クルトの二人は、意外にもゾフィーとアヒムの死を知っても取り乱しはしなかった。もしかした二人とも、すでに覚悟をしていたのかもしれない。


「伝令!」

「はっ!」


 カサンドラの声にすぐに伝令兵が反応する。


「ルードルフにこれ以降全軍の指揮を執らせなさい。そして、本部をここから西街に移します。治癒院のテア、ルードルフに通達を」

「はっ!」


 伝令兵が駆けていくのを見送り、カサンドラは恐る恐る背後に控えるズザネ、クルトに振り返った。


「この度は……」

「奥様、それよりも前に移動の準備を行いましょう。なにか指示はございますか?」

「……バウムガルテン邸にある武装を開放します。非戦闘員に配ってください。これからは彼らにも戦闘に参加してもらいます」

「かしこまりました」

「私も手伝います!」

「ありがとうございます、ズザナ様」


 クルトもズザナも、息子の、友人の最期を聞きたいに違いない。しかし、その気持ちに蓋をして、最善の行動を取ろうとしている。


 カサンドラには、一見冷たいとも受け取れるクルトとズザナの態度がありがたかった。


「アヒムのおかげで、最低限の兵数は確保できました。しかし……」


 部屋を出ていくクルトとズザナを見送って、カサンドラが暗い声で呟く。


 やはり、モンスター軍と白兵戦を演じたことで、かなりの兵数を消耗していた。非戦闘員である老人や女、子どもの投入を検討せねばならないほどに。


 ルードルフ率いる第三軍も定数の五割ほどまで擦り減っている。兵数の損耗は大きな問題だ。やはり、兵数差を補うために城壁を有効活用して優位な環境で戦う必要がある。


 しかし……。


「第三城壁は第二城壁よりも小さい……。どこまでモンスターの猛攻をしのげるか……。それに、魔法大隊を失ったことが痛すぎる……」


 カサンドラの呟きはどこまでも暗く、重たかった。



 ◇



「そうか、アヒム殿が……」


 アヒム戦死の報を聞いたルードルフは目を伏せる。アヒムはいきなり来たルードルフたち第三軍を受け入れ、しかも指揮権を奪おうとしなかった。ルードルフにとって、アヒムは器の大きく、素晴らしい戦士であった。戦友が逝くのはいつだって悲しいものだ。


 だが、悲しんでばかりもいられない。


「指揮権の継承は承知した。バウムガルテンの奥様にはそうお伝えてくれ」

「はっ!」


 まさか、余所者の自分が全軍の指揮権を預かることになるとは思わなかった。


 それだけバウムガルテン領軍の損耗は激しいのかもしれない。


 そう思いながら、ルードルフはさっそく戦闘の指揮を執る。


 モンスターには睡眠の必要はないのか、朝から猛攻が続いていた。


 第二城壁に比べると、第三城壁は低い。


 その低さは、厄介な事態を生んでいた。モンスターとの戦闘開始当初から猛威を振るっていた大ムカデによる梯子。だが、壁が低くなったことによって、大ムカデがそのまま壁をよじ登ることが可能になってしまったのだ。


「ムカデが来たぞ! 抜刀!」


 大ムカデは背中にゴブリンを乗せて壁を駆け上がる。よじ登るの阻止せんと繰り出される槍をその甲殻で弾き、壁の上に登ったらゴブリンと一緒に大暴れするのだ。これほど厄介なことはない。


 おかげで弓による迎撃が上手く機能しなくなってしまった。


「厄介な……」


 ルードルフは自慢のヒゲを片手でねじりながら呟く。


 そしてなによりも辛いのが、バウムガルテン領軍の魔法大隊の損失だ。少数の魔法使いはなんとか救出できたが、大隊長のゾフィーはじめ、その大半を失ってしまった。これは利き腕をもがれたほどに辛い。


 だが、どんなに嘆こうと死した者が帰ってくることはない。


「軍団長、我が軍は劣勢です。なにか手を講じなければ……」

「分かっとる……」


 参謀の一人が言いづらそうに進言し、ルードルフは不機嫌そうに答える。


「火炎壺を使いますか?」

「あれは明り取りとしても夜に使いたい。なにか他の……。爆弾を使うか」

「あのバウムガルテン辺境伯が開発したという兵器ですか? 数がごく少数に限られますが……」

「ありったけ使うぞ!」

「はっ!」


 ルードルフも爆弾のことはカサンドラから聞いたくらいだが、今は少しでも現状を打開できる可能性があるのなら試したい。


「弓兵は城壁の後ろに下げて曲射をさせよう。城壁の上は重装戦士で固めるのだ!」

「はっ! 至急そのように!」


 他にも指示を出し、ルードルフは太い溜息を吐く。


「これで少しでも好転すればいいが……」


 部下には聞かせられない弱音を小声で呟き、ルードルフはさらに思考を巡らせるのだった。

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