178 アヒム②
「総隊長!」
「アヒム総隊長!」
アヒムの近くでモンスターと戦っていた兵士たちが悲痛な叫びをあげた。
見事ゾフィーと協力してサイクロプスリーダーを討ち取ったアヒムだったが、その代償は大きかった。
アヒムは右腕で剣を振り抜いたままの姿で、いくつもの傷をその身に受けていた。ゴブリンだ。ゴブリンたちがお粗末な槍や剣でアヒムの体を刺し貫いている。
そして、オーガが今にもアヒムの脳天に金棒を振り下ろさんとしていた。
ドゴンッ!
オーガの金棒がついに振り下ろされ、土煙が上がった。
キンッ!
そして、その土煙が一瞬にして七分割される。
切れた土煙から姿を現したのは、立ったままのアヒムと首を刎ねられたゴブリンとオーガの死体だ。
「総隊長をお守りしろ!」
「おう!」
ゴブリンとオーガを一瞬で倒してみせたアヒムだが、その身が重傷を負っているのは明らかだった。部下の兵士たちがアヒムの守りを固める。
「そ、総隊長殿……」
「お早く治癒院へ運ばせます!」
慌てる部下たちに対し、しかし、アヒムは慌てた様子もなく、普段通りだった。
「治癒は無用だ」
「しかし!」
「サイクロプスは倒せた。全軍撤退だ! 第三城壁まで下がり、至急守りを固めるのだ!」
「撤退だ!」
「第三城壁まで退け!」
アヒムの指示は、兵士たちが叫んで周りの味方に周知していく。
「総隊長も下がりましょう」
「そうです。治癒院より治癒魔法使いを派遣させます。お早く」
「いや、儂は下がらん」
「総隊長?」
「貴様らは、今よりルードルフ殿の指示を仰げ。儂は貴様らが撤退するまでの時間を稼ぐ」
だらりとした右腕で剣を握るアヒムは、しかし、その目の闘志は消えていなかった。
「誰かがモンスターの追撃を止めねばならん。儂はこの怪我だ。もう助からん。貴様らもすぐに下がれ」
「私もご一緒します!」
「私もです!」
「ならん! 貴様らは生きて、最後まで戦い抜け! このバウムガルテンを守ってくれ。頼んだぞ!」
「総隊長……」
「おさらばです……」
部下のバウムガルテン領軍の士官たちと別れたアヒムは、さっそく襲ってきたゴブリンの首を刎ねる。
聖力は皆無。体は疲れ切っている。まるで泥の中を泳いでいるようだ。
だが、不思議とアヒムの体はまるで疲れなど知らないとばかりに動き続けた。
アヒムの頭は冴え、体は充実していると錯覚するほどだ。
まるで蝋燭が最後に火が大きくなるように、アヒムが生涯磨き上げてきた剣技は、今こそがその全盛期を迎えていた。
ゴブリンなど撫で斬りの鎧袖一触だ。オークはもちろん、オーガでさえ寄せ付けない。大ムカデを縦に割り、甲虫をも両断する。
しかし、多勢に無勢が過ぎる。たった一人でモンスターの大群を押し留めるなどできるわけがない。
アヒムもすぐに押し倒され、くびり殺される。そのはずだった。
しかし、満身創痍であるはずのアヒムは倒れない。無数の傷を受けるが、確実にモンスターを一体倒し、数を減らしていく。
今更モンスターを一体屠ったところで大勢に影響はない。
しかし、それで助かる命があるのなら、倒す価値はある!
アヒムは左腕を盾のように使い、決定的な致命傷を避け、少しでも長く、少しでも多くのモンスターを屠ることを望む。
右足に噛み付かれた? 足くらいくれてやろう。お代はお前の命だ。
左腕をもがれた? かまわない。その間に二体屠れた。
腹に三本もナイフが刺さる。もう命など諦めた身だ。意味など無い。
アヒムの心臓はとっくにその鼓動を止め、呼吸さえもできない。臓腑が腹から零れだし、もう残っていないのだろう。右足も左腕もない。不格好な姿。
それでもアヒムは立っていた。剣を振るった。
その姿に、恐怖を感じないはずのモンスターが一瞬怯んだ様子をみせた。
最初の城門を守って果てた十一勇士の時と同じだ。
明らかにモンスターは恐怖を感じているようだった。
しかしアヒムには、もはや意識さえ、魂さえ残っていなかった。立ったまま果てているのだ。
しかし、モンスターたちはアヒムに恐怖し追撃できないでいた。
しかし、それも永遠ではない。
一本の矢がアヒムの左目を穿ち、ゆっくりとアヒムの体が後ろへ倒れていく。
モンスターたちは、ここにきてようやくアヒムの死に気が付いたのだった。
モンスターたちは怒りを露わにし、アヒムを踏みつけ、追撃を再開する。
アヒムの遺体はモンスターたちに踏み均され、骨すら残らず地面の染みへと変わっていった。
アヒムがモンスターの大群と対峙して稼いだ時間は三分にも満たない。
しかし、アヒムの稼いだ時間のおかげで命の助かった兵士は多い。
もしアヒムがこの状況を見れば、高笑いでもしていたかもしれない。
◇
「緊急! 緊急です!」
作戦本部となっているバウムガルテン邸にその凶報が漏ららされたのはアヒムの死から間もなくのことだった。
カサンドラはすでにギフトのスキルによってゾフィーとアヒムの死を知っている。しかし、ズザネとクルトに打ち明けられずにいた。ズザネはゾフィーの元同じ冒険者パーティのメンバー。クルトにいたってはアヒムの父親だ。
しかし、時は待ってくれない。
「アヒム総隊長、ゾフィー大隊長、お討ち死に! 無念でございます……」
「ゾフィーが!?」
「そうですか、アヒムが……」
ズザネとクルトの悲痛な声が部屋に響いた。
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