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174 忍び寄る限界

 バウムガルテン領の第二城壁を巡る戦いは、その激しさを増していた。


「装填急げ!」

「はっ!」


 全部で八機あるバリスタはフル稼働を続け、弓や魔法による応酬は激化をたどる。


 最初に悲鳴をあげたのは、テア率いる治癒隊だった。平時に溜め込んでいたポーションなどとっくに使い果たし、治癒魔法使いの聖力は枯れ果てた。


 しかし、負傷兵は次から次へと運ばれてくる。聖力の無い治癒魔法使いには、どうすることもできない。


 その状況を見かねたのか、負傷兵の治療を買って出たのは、意外にもバウムガルテン領に住む婦人会だった。彼女たちは、負傷兵の負傷度ごとにランク付けし、比較的軽傷の者の治療を買って出たのだ。


 彼女たちの治療は悪く言えば荒っぽい。兵士の傷口を破れた雑巾と勘違いしているかのように糸と針で縫い合わせ、包帯をきつく巻いて止血する。治癒魔法の使い手が少ない辺境に伝わる民間療法だ。


 無論、そんなことをしても傷口が瞬時に治るわけではない。しかし、たしかに出血は止まり、延命はできる。緊急性が下がり、治癒魔法使いの負担軽減には役に立っていた。


 負傷兵の中には、血が止まったからと前線に戻る者も居たくらいだ。


「私は、なんと無力なのでしょう……」

「テア様……」


 しかし、治癒魔法使いの慢性的な聖力不足は変わらない。これまでだったら難なく救えた命が手から零れ落ちていく様はジワジワと心を腐らせる。


「あの方がいらっしゃれば……」


 教会所属の初老の治癒魔法使いが力無く呟く。


 今や時の人となったこの辺境領の領主、ディートフリート・バウムガルテン。彼が居れば、どれほどの人々が助かっただろうか……。


「それは言いっこなしです。私たちは、領主様に託された身なのですから。私たちは私たちのできることをいたしましょう」

「テア様……! そうですな。申し訳ありません。弱気なことを申しました」


 傷付いた兵士たちの最後の砦。治癒院は濃い血の匂いと死臭の中、必死に抗っていた。



 ◇



「伝令! 敵は西への攻勢を強めています! ルードルフを向かわせなさい!」

「はっ!」


 バウムガルテン邸から全体の指揮を執るカサンドラは、断続的に自身のギフトを使用して戦況の確認、対応に追われていた。


 精彩さを欠いた顔色、目の下には濃いクマがハッキリと浮かんでいる。ろくに眠らずに戦闘の指揮を執っていたことが窺えた。


 カサンドラのギフトは空から俯瞰的に地上の様子を見ることができる。敵の攻勢箇所、味方の劣勢個所を一早く見つけ、対応するにはこれ以上ないギフトだ。


 しかし、そのギフトの力が彼女を蝕んでいる。


 ようするに常に見ていないと不安なのだ。自分の見ていないところで自軍が致命的な隙をさらしてしまったら……。そう思うと、とても寝てなんていられない。


「奥様、もうお休みになられてはいかがでしょうか? 今にも倒れてしまいそうですぞ」


 しかし、そんなカサンドラの姿は、バウムガルテン家の家令として傍に控えているクルトにとってとても痛々しく見えた。


 なんとしても休んでほしい。クルトは決意を持ってカサンドラを諭す。


「爺や……。ごめんなさい。あと、少しだけ……」

「昨日も一昨日も同じことを言っておりました。今日こそはお休みしていただきますぞ」

「ですが……」

「奥様、奥様のご実家からいらっしゃったルードルフ様は信じられませんか? アヒムを信じてやれませんか? 不肖の息子ですが、このバウムガルテンを守りたいという心は人一倍ですぞ。バウムガルテンを守る皆を信じてやれませんか? 前線で戦う将兵でさえ三交代制で休憩を取っているのです。奥様も休憩を取らねば、大事な時に倒れてしまうかもしれませんぞ」

「分かっています。分かっているのですが……」

「まずは温かなスープでも用意させましょう。それをお食べになったら、少しだけ横になりましょう。少しだけ、バウムガルテンを守る将兵を信じて託してあげてください」

「爺や、わたくしは……」


 クルトに肩を押され、カサンドラは自室のベッドへと向かう。


 ベッドに座ると、カサンドラはドッと疲れを感じて立ち上がれなくなってしまった。一度自覚するともうダメだった。


「奥様、こちら本日のスープになります。料理長が渾身の出来だと申しておりました」

「ありがとう……。スープを飲んだら少しだけ、少しだけ横になります」

「かしこまりました」

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