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172 受け継がれる勇気

 馬車を東進させること幾日か。オレたち『レギンレイヴ』は、平地を越えてついに山岳地帯へと入った。


 東に進むごとに、どんどんとモンスターとの遭遇率が上がっている。元々六頭立てだった装甲馬車も、馬が殺されて三頭に減り、馬車の装甲もかなり剝げてきていた。


「もう少ししたら、この馬車ともお別れだな」

「ん?」

「もう馬の食料も少ないし、ここから先は馬車では進めない道も出てくる」

「そう……」


 不安そうなリリーの頭を撫でる。


 馬車を降りれば、当然進行スピードは大きく落ちる。一刻も早く邪神を倒したいオレたちからすれば、歓迎できない事態だ。


 早く邪神を倒して、モンスターの侵攻を止めなければ。


 オレの頭の片隅には、いつだってバウムガルテン領のことがチラついていた。カサンドラのことはもちろん、昔から知っているバウムガルテンの気のいい領民たち、そして、新たにバウムガルテンの民になった者たち。皆が心配だ。


「無事でいてくれ……」


 オレはそう呟かずにはいられなかった。



 ◇



 ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!


 戦場となって久しいバウムガルテン領に、一際大きな爆発音が響き渡る。


 長い時間、領民たちを守っていた城壁の一角が、ついに崩れたのだ。


「撤退! 第二城壁まで撤退しろ! 急げ!」


 前線の指揮を一任されていた総隊長アヒムは、即座に撤退を決めた。


「撤退だ!」

「撤退しろ!」

「壁まで逃げるぞ!」

「急げ! 撤退だ!」


 アヒムの号令を聞いた兵士たちは、大声を張り上げて撤退の指示を周知していく。


 兵士たちは波が引くように撤退を開始し、アヒム自身も第二城壁を目指して駆け出した。


 見えてきたのは、先ほどまで守っていた外壁よりも少し低いぐらいの立派な城壁だ。


 現在のバウムガルテン領は、いくつもの堀や城壁で隔てられた難攻不落の城塞都市へと生まれ変わっていた。


 壊された城壁の隙間からモンスターたちが競うように侵入してくる。一番乗りを果たしたのは、オーガたちだった。すぐに逃げ惑う兵士を追いかけようとするが――――。


 ズドンッ!!!


 先頭のオーガの胸にいきなり巨大な矢が生えた。オーガはなにが起きたかも分からずに絶命する。


 第二城壁から放たれたバリスタの矢だ。狭い城壁の間を抜けようとするモンスターたちは、格好の的だった。次々とバリスタの矢によって討ち取られていく。


 しかし、バリスタの猛攻をすり抜け、進撃してくる小人たちの姿が見えた。ゴブリンだ。彼らは己の小さな体を活かしてバリスタの矢をかいくぐる。


 そして、退避が遅れていた兵士たち目指して追撃を開始した。


 逃げ遅れた兵士の一人、魔法大隊を預かるゾフィーは焦っていた。魔法を限界まで使った魔法使いたちは、心身ともに疲弊している。とても逃げ切れない。どこかでゴブリンたちに捕捉されてしまう。


「お願い走って! 走りなさい!」


 右肩に疲れ果てた少女の魔法使いを担いで走りながら、ゾフィーは必死に激を飛ばす。


 しかし、現実はいつだって非情だ。やがてゴブリンに追いつかれ、その手に持つ薄汚れた剣に――――!


 ヒュウッ!


 ゾフィの顔のすぐ横を高速でなにかが横切る。矢だ。味方の弓兵たちが、ゾフィーたちの危機を察知してわざわざ戻ってきたのだ。


「魔法使いたちを回収! お前たちはすぐに撤収しろ!」


 弓兵の指揮官の号令に、弓兵たちが魔法使いたちを担いで撤退しだす。


「ありがとう、助かったわ」


 ゾフィーも肩に担いでいた少女を弓兵に託すと、弓兵指揮官にお礼を言った。


「いえ、魔法使いの破壊力はこの先も必要です」

「本当にありがとう。貴方たちも早く退避を――――」

「いえ、誰かがここを抑えなければなりません」

「ッ!」


 ゴブリンたちはなおも追撃にくる。確かに誰かが人柱になり、ゴブリンたちを押さえねばならないだろう。


「私が抑えるわ」


 ゾフィーは自分がゴブリンたちを抑えると言う。ゾフィーの聖力にはまだ余裕があり、元冒険者として戦闘経験が豊富だ。元『深紅の誓い』の魔法使いとしてゴブリン程度なら抑えられる自信があった。しかし。


「魔法使いの破壊力はこの先でも絶対に必要です。そう言ったはずですよ、ゾフィー大隊長。お早めに撤退を。後を託します」


 そこには既に覚悟を決めた者特有の透明な笑顔があった。


 ゾフィーはなにも言うことができなくなった。冷静な自分が囁く。たしかに、自分の魔法には弓兵十人分以上の破壊力がある。戦場での価値としては自分の方が上だろう。しかし、それを切り捨てられる側から指摘され、生きろと言われるとは……。


「……ご武運を」


 なぜか泣きそうになったゾフィーは、なんとかそれだけ言うと撤退を開始する。


「ご武運を、ゾフィー大隊長。バウムガルテンを頼みます」


 去り行くゾフィーに弓兵指揮官は呟いた。


 そして振り返ると迫りくるゴブリンを見ながら、その口を大きく開く。


「一班、来い! お前らは貧乏くじだ!」

「小隊長殿、やるのですね?」

「ああ、存分にいくぞ! 一班抜刀! 我に続けええええええええええ!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 ゴブリン程度に後れを取るつもりはない。しかし、逃げ遅れた自分たちは戦死するだろう。その程度のことは彼らとて分かっている。


 彼らの心にあるのは、門の修理のために命を投げ出してみせた十一人の勇士の姿だ。自分たちの命も誰かのために。バウムガルテンの礎になる覚悟があった。

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