017 恐怖
南村から戻ったオレたちは、バウムガルテンのボロ屋敷で休息をとっていた。移動は荷馬車に座っていただけだが、屋敷に着いた途端に重い疲れが出た。コルネリアなんて、屋敷に着くなり疲れ果てて寝てしまったくらいだ。
「はぁ……」
オレも眠ってしまいたい……。
「お疲れさまです、坊ちゃま。さっそくですが……」
だが、留守にしていた間の報告も聞かないとな。爺の話を聞いたら寝てしまおう。
「本村の村人に教育費を天引きした仕送りを払いました。結果は上々です。子どもたちを取り上げるだけではなく教育を施していることも周知できましたし、坊ちゃんへの反発もかなり小さくなっています」
「ああ」
「ただ、やはり一部の母親の間では子どもを返してほしいという要望も根強くあります」
「夏休みと冬休みだけでは不足か? 希望者は親元に帰しているはずだが?」
「おそらくですが、子どもの成長を近くで見れないことが不満なのだと思います。休みを増やして親の元に帰しても大して効果はないかと……」
「なるほどな」
そういうものか? オレはむしろ、子どもを金の生る木だと考えて、親の愛情を受けていない子どもをバンバン作る親が出ることを危惧していたんだがな……。
まぁ、オレの危惧なんて現実にならないならならない方がいい。
愛情深いらしいバウムガルテン領の領民に乾杯だ。
「それから、教会よりまた苦情がきています」
「またか、心の狭い連中だな」
普段、バウムガルテン領に来る商人は護衛を雇わない。危険なことこの上ないが、これにはカラクリがある。
商人たちは、教会の馬車に追従する形でやって来るのだ。
教会の馬車は、万が一にも盗賊やモンスターに敗北することが無いようにしっかりと護衛が付いている。ようは商人たちは、露払いを教会に任せて自分たちは護衛を雇わないことで安く移動しているのだ。
当然だがそんなことされれば教会からの心象はよろしくない。だが、商人たちの中には金は命よりも重いなんて公言している奴も居るくらいだからな。教会側が注意してもなかなか止めないらしい。
それで、オレに止めさせろと苦情がくるのだ。
ぶっちゃけ、教会なんてなんの役にも立たない連中よりも、より安価で物資を運んでくれる商人たちの方が大事だ。それとなくもっとやれと応援してやったくらいにはな。
「教会の苦情など捨ておけ」
「よろしいのですか?」
「いい。それよりも爺、今回の遠征だが、聞いたか?」
「アヒムより報告を受けています。にわかには信じられてませんでしたが……。なんでもコルネリアお嬢様が一人で百を超えるゴブリンを倒してしまわれたとか……」
「そうだ」
オレは重々しく頷くことでアヒムの報告が間違っていないことを認めた。
「なんと……」
息子の言葉とはいえ半信半疑だったのだろう。爺が喘ぐように呟いた。
「それで、だが……。問題はコルネリアが領民にどう思われるかだ。オレはリアの心を護りたい」
強すぎる力は、恐怖を生む。コルネリアが恐怖の象徴になるなど、コルネリアの心に悪影響が及ぶのは間違いない。
そんなことはさせない! オレはコルネリアの体だけではなく、その心も護りたいのだ!
「初期対応として緘口令を敷くことも考えられますが……」
「だが、人の口には戸が立てられないとも言う。緘口令を敷けば、なにか疚しいことがあるのかと疑われかねん」
それにコルネリアは、今回ゴブリンを倒すことができたことを非常に喜んでいる。長年臥せっていたコルネリアは、そのことを申し訳なく感じているのだ。
「これでバウムガルテンのお荷物なんて言わせないもん!」
かつてコルネリア付きのメイドだったアンナに言われたのだろう。本当にアンナの奴は許せないな。今すぐにでも処刑してしまいたい。
だがコルネリアの目標はアンナを見返すことだ。勝手に処刑してしまったら気に病むだろう。
コルネリアは優しすぎる。
それにコルネリアは、ゴブリンを退治したことはいいことだと認識している。いつもベッドの上で動けなかったコルネリアが、初めて自分で為した皆の役に立てたこと。
そのことに緘口令を敷いたとなれば、コルネリアはどう思うだろう?
自分のしたことが間違いだったのではと気に病みかねない。
かと言って、領民がコルネリアに救ってもらった恩も忘れて彼女を色眼鏡で見るのも許しがたい。
さて、どうするか……?
とはいっても、こちらから打てる手はそんなにない。
「先手を取って、コルネリアの功績を肯定的に捉える土壌を作るのが先決か……」
コルネリアが百体ものゴブリンを討ち取ったことをこちらから発表してしまい、その際に「こんなに強力なギフトを賜ったコルネリアは神に愛されている。コルネリアが居れば、もうモンスターに怯える必要も無い。さあ、皆でコルネリアを称えよう」
そんな風に持っていければいいが……。
元々山に囲まれた陸の孤島であるが故に、バウムガルテン領はモンスターの被害が多い。過去には村が潰されたこともあるほどだ。交通の便も悪いし、金になるようなモンスターが居るわけでもないため冒険者なんて来ない。
常備兵も居なかったし、自衛するしかないのだが、コルネリアの存在は領民の希望に成れるかもしれない。
一度立場を固めてしまえば、コルネリアが受け入れられる可能性が高い。
人は自分の信じたいものを信じるのだから。
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