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166 アヒム

 バウムガルテン辺境伯領を巡る戦いはその激しさを増していた。


「うおおおお!」


 兵が大きなハンマーで大ムカデの頭を叩き潰す。頭を潰された大ムカデはピクピクと蠢動しながらも、ガッシリと城壁を掴んで離さない。その大ムカデの体を登って次々とゴブリンが城壁へと乗り込んでいた。


「GEGYAGYA! GEGYAGYA!」

「クソッ! ゴブリンどもを掃除して大ムカデを剥がせ!」

「火炎壺を投げろ!」

「これでもくらえ!」

「UGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」


 ディートフリート考案の火炎瓶が次々と空堀に投げ入れられ、空堀はもう火の海だ。そこから脱出するべくゴブリンたちが次々と大ムカデを登って城壁へと取り付いていた。


 徐々に、徐々にだが城壁がゴブリンが溢れてくる。


 だが、それは後続の無い逃避行でしかなかった。一度兵士たちに軍配が上がると、徐々にゴブリンたちは城壁から排除されていった。


 モンスターの大群は火の海となった空堀に入るのを躊躇していた。


「射れ射れ! どんどん射れ!」

「ファイアボール!」

「トライデントスピア!」

「魔法来るぞ!」

「クソッ! やられた!」


 そうして始まるのは空堀を挟んだ矢と魔法による遠距離攻撃の応酬だ。モンスター側からも魔法が飛んできて、城壁を少しずつ破壊していく。既に胸壁が崩されたところも出てきていた。


 しかし、壁の分遮蔽物と高さのある人類側の方が優位に遠距離戦が推移していた。


 だが――――。


「このままじゃ壁が壊される!」


 この優位は城壁へのダメージを許容したうえで成り立つものだ。壁が破壊されれば、空堀の効果も半減し、敵の侵攻を防げなくなるかもしれない。


 その後に待つのは、モンスターによる住民の虐殺だ。


 なんとしても食い止めなくてはならない。


「畜生が! どうにかならんのか!」


 このまま遠距離攻撃の応酬が続くかに思えたその時、モンスターの大群の後ろで動きがあった。


「あ、あれは!」

「東方辺境領旗!」


 高々と掲げられたのは、白地に青の盾の紋章。王国の東の守りを任された者、バウムガルテンのみに許された辺境を束ねる者の証。


「来ましたか、アヒム、ルードルフ」


 バウムガルテンの城壁の向こう。地上で陣頭指揮を執っていたカサンドラが呟く。


「アヒム、ルードルフ、蹂躙しなさい!」


 援軍の登場に、にわかに騒がしくなる兵たちを縫うようにカサンドラの咆哮が響く。


 それに応えるように東方辺境領旗が前進を開始した。



 ◇



 時は少し前に戻る。


 バウムガルテンで見つかった鉱山。その坑道に隠れるようにアヒムたちバウムガルテン領兵は息を潜めていた。


「アヒム総隊長、モンスター大群がバウムガルテンに現れました!」

「報告ご苦労!」

「総隊長殿、出ますか?」

「今こそ我らの力をモンスター共に見せてやりましょう!」

「まぁ、待て待て」


 アヒムは血気盛んな部下たちを抑えるように言う。


「奥様はバウムガルテンの防衛施設の機能を確認したいと仰せだった。しばらくは守備兵に任せよう」


 アヒムは、カサンドラの命でこの坑道に隠れていた。モンスター軍の背後を突くためだ。


「ルードルフ殿とも話したが、だいたい一時間後に出るぞ。それまでに準備しておけ」

「「「「「はっ!」」」」」


 坑道に隠れているのは、アヒムたちだけではなかった。先日カサンドラの指揮下に加わったルードルフ率いるアルトマイヤー侯爵家の第三軍。彼らはアヒムの率いる領軍と行動を共にしていた。


 数の上ではアヒム率いる領軍の方が多いが、アルトマイヤー侯爵家の第三軍は精強で有名だ。今回の奇襲作戦でも、まず第三軍が戦端を開き、アヒム率いる領軍は、彼らが討ち漏らしたモンスターを掃討する形になっている。


 我が軍は寄せ集め。それに調練する時間も少なかったからなぁ……。


 アヒムは出そうになった溜息を慌てて飲み込む。


 アヒム率いる領軍は、領軍とは名ばかりのさまざまな領地出身者の寄せ集めだ。これは元々バウムガルテン領が小さな男爵領であったことに起因する。元々領民が少ないのだ。


 それをバウムガルテン辺境伯であるディートフリートは、金の力で解決した。実に他領の二倍以上の給料を出して、兵を募ったのだ。


 ディートフリートは、もうすぐ邪神との戦争になると知っていた。故に、彼はなりふり構わず兵を欲したのだ。


 だが、数が集まったとはいえ、その練度はお世辞にも高いとは言えないのが現状だ。ここはおとなしく第三軍に働いてもらった方がいいだろう。


 理屈ではわかっているが、アヒムは少し悔しい思いも感じていた。


 バウムガルテンは、バウムガルテンの力で守りたい。


 しかし、そんな贅沢は言っていられない。寄せ集めの領兵だろうと、他家の軍に先陣を譲ろうとも、プライドを捨ててでも守りたいものがあるのだ。


 かつてない目覚ましい発展を続けるバウムガルテン辺境伯領をどうしても守りたい。誰よりも先頭に立って戦いたかっただろう不在の主に誓ったのだ。


 アヒムはバウムガルテンを守るためならなんでもする覚悟だ。そのために必要ならば、己のつまらない安いプライドなどいらない。


「アヒム総隊長、時間です」

「わかった。行くぞ!」


 今、バウムガルテンの逆襲が始まる。

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