015 【アン・テイカー】
目の前に広がるおよそ百体のゴブリンと十体弱のホブゴブリン。何度見てもそれは夢幻でも見間違いでもない。現実だ!
オレたちは、最大でも三十体ほどのゴブリンしか想定していなかった。過去二回の襲撃が、ゴブリン二十体ほどだったからだ。今回もそれぐらいだろうと勝手に油断していた。
負けた……?
それもただの敗北なんかじゃない。南村を失うほどの――――ッ!?
「そういうことか……!」
ゴブリンどもはちまちまとヤギを盗むために来たんじゃない。村を滅ぼすつもりで群れを挙げて襲撃しに来たのだ。
オレには、オレたちにはそれを見抜くことができなかった。
コルネリアにあれだけゴブリンをナメるなと言って聞かせたというのに、肝心のオレが一番ゴブリンどもをナメていた。
この死地にコルネリアを連れてきてしまったのがその最たる例だ。
こんなことになるのなら、危険がわかっていれば、オレはコルネリアをこの村に連れてくるなんてことはしなかった。
相手はたかがゴブリンだと油断し、コルネリアのいい初陣になると勝利を確信していた。
しかし、そんなものは既にひっくり返されてしまった後だ。
ヤギを護るなんてとんでもない。この村を護るのも難しいだろう。むしろ、自分の命を守るのさえおぼつかない。
なんとかコルネリアの命だけは護らなければッ!
「GYAGYAGYAGYAGYAGYA!」
「UGAAAAAAAAA!」
「GOBUGOBUGOBU!」
これまで沈黙を守っていたゴブリンどもが、一斉に雄叫びをあげて走り出した。もう、彼らを止めることはできない。
「坊ちゃん、どうします!?」
「にげ――――ッ!?」
「やぁあああああああああああああああああ!」
アヒムの言葉でようやく意識を取り戻し、逃げるように指示を出そうとした時、オレンジに照らされた戦場に似つかわしくない凛とした声が響き渡った。
コルネリアだ!
何を思ったのか、コルネリアが単騎でゴブリン軍団へと駆けていく。
コルネリアは、オレが今まで解呪してきた呪われたアイテムから最上級の装備を身に着けている。その姿は少し背は低いが、まるでワルキューレのように神々しい。
しかし、その行く先には百を超えるゴブリンだ。自殺行為にしか見えない。
なぜそんなことを!?
違う。コルネリアは僕の言いつけを愚直に守っているだけに過ぎない!
もうゴブリンたちは最初に決めていたこちらからの襲撃予定ラインを過ぎていた。だからコルネリアはオレの話を信じて突撃しているのだ。
コルネリアを見た瞬間、オレは走り出していた。
「リアを護れ!」
「ああくそッ!」
オレの無茶な命令に最初に応えたのは、意外にもバッハだった。
「坊ちゃんまで!? あーもう! 突撃するぞ! 坊ちゃんとお嬢の命が最優先だ!」
オレの見つめる先にはコルネリアが居る。コルネリアは恐れを知らないのか、その速度を緩めずゴブリンたちに突撃していった。
オレはバカだ!
オレの稚拙な妄想がコルネリアを死地に追いやってしまった。最悪だ。
なにがコルネリアを護りたいだ?
コルネリアを危険にさらしているのはオレ自身じゃないか!
「クソッ! クソッ! クソッ!」
自分への恨み言は無限に湧いて出る。だが、今は自分をイジメて悦に浸る贅沢な時間なんてない。
もうコルネリアとゴブリンたちの距離は0だ。
コルネリアは一体、二体とゴブリンを手早く屠るだろう。しかし、ゴブリンの数の暴力には勝てない。まるで波に呑まれるようにしてコルネリアの姿が消えた。
「リア!」
オレは必死にコルネリアへと手を伸ばしていた。
助けたい! 助けたい! 助けたい! 助けたい! 助けたい! 助けたい!
「ああああああああああああああああああああ!」
オレの足は限界以上の力でコルネリアが消えた場所へ自分の限界以上に高速で飛ぶ。踏み込んだ右足からは、まるで太いロープが千切れるようなブチッとした音が響いたが、そんなことに構っている余裕はない。
その時、消えたコルネリアへと伸ばした手から光が零れた。
違う。オレの手が光ってるんじゃなくて、コルネリアの居た場所が光っているのだ。
「リア!」
オレにはそれを為したのがコルネリアだとすぐにわかった。
だってあの光は――――ッ!?
「アン・テイカァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
コルネリアの凛々しい声が聞こえる。彼女はまだ生きている!
光はまるでぶっといレーザービームのように現れ、瞬く間にゴブリン軍団を飲み込んでいった。
後に残ったのは、放射状に融解し、ガラス化していく地面だけだった。
コルネリアは放射線状に溶けた大地の頂点に剣を振り抜いた状態で立っていた。
状況から見て、コルネリアが強力なスキルを使ってゴブリンたちを一掃したのがわかる。
だが、本来はそんなことありえない。
コルネリアの使ったスキルは【アン・テイカー】。それは決してコルネリアが使えるスキルではないはずだ。
だって、そのスキルは勇者のギフトを賜ったゲームの主人公が、最後に覚えるスキルだからだ。
なぜコルネリアがそんなスキルを使えるんだ!?
どべちょっ!
そんな疑問をよそに、オレは融解した大地へと飛び込んでいくのだった。
「あっちゅっ! あっちゅっ!」
「お兄さま!?」
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