138 引き下げ
「ただいまー……」
「おかえりなさいませ、旦那様」
王都のバウムガルテン屋敷に帰ると、クラウスが出迎えてくれる。コルネリアとリリーが仁王立ちしていなくて、オレはつかの間の安堵を感じた。
「リビングで奥様、お嬢様方がお待ちですよ」
「そうか……」
「その様子ですと、まさか不首尾に……?」
「いや、オレの想像以上の上首尾に終わった。終わったんだが……。ちょっとな」
クラウスが開けてくれたドアをくぐってリビングに入ると、カサンドラたちが一斉にこちらを向いた。どうやら三人でお茶を飲んでいたらしい。
オレもクラウスにお茶を頼むと、リビングのテーブルの定位置に着いた。
「ただいま」
「おかえりなさい、お兄さま」
「おかえり」
「おかえりなさい、ディー。それで王宮からはなんと?」
「一応お褒めの言葉を頂いた。それから、バウムガルテンは今日よりヒューブナーの寄り子から外れることになった。もうヒューブナーの顔色を窺う必要も無い」
「それはようございましたね」
そう。ここまではよかったのだが……。
なんとなしにコルネリアを見て、オレは戦々恐々とする。
怒られないかな? 絶対怒るよなぁ……。
脳裏にカサンドラと結婚した時のコルネリアの様子が思い浮かぶ。
だが、言わないわけにもいかない。
「その、だな……。話はそれだけじゃないというか……。むしろこれからが本番というか……」
「どうしたんですか、お兄さま?」
「いや、その……な?」
これ以上はぐらかすのはよくない。男らしくハッキリ言ってしまおう。
「クラウディア殿下と婚約することになった。前に言ってた陛下の言葉はリップサービスなんかじゃなくて本当だったんだ……」
「それは……」
怖くてコルネリアとリリーの顔が見れない。カサンドラもオレが他の女性と婚約したなんて不快と思っても仕方がない。
オレは断罪される罪人のような心地で皆の反応を待った。
「おめでとうございます、ディー。晴れて姫様との婚約が許されたのですね。なんてすばらしい日でしょう! 今日はお祝いのご馳走にしましょう」
「え?」
予想外なことに、カサンドラは喜色満面の笑みを浮かべていた。こんなに嬉しそうなカサンドラは見たことがないレベルだ。
まぁ、バウムガルテン家のことを考えれば、王族と縁戚になれるのだからとてもめでたいのだが、カサンドラは不快じゃないのか?
カサンドラが不機嫌にならなくてよかった。しかし、オレにはまだ最大の難所が二つも残されているのだ。
「お兄さま、お話があります」
「ん」
「はい……」
コルネリアとリリーが表情を消した無表情でオレを見ている。まぁ、リリーはいつも通りともいえるが。
「まずは、クラウディア殿下とのご婚約おめでとうございます」
「ああ、ありがとう……?」
意外にもコルネリアは冷静だった。
「怒っていない……のか……?」
「正直、不満ですし怒っています。ですけど、お兄さまの置かれた状況もわかっています。お兄さまは魅力的ですもの。皆がお兄さまに振り向くのもわかります。でも……」
「でも……?」
「やっぱり不満です。私が一番最初にお兄さまと結婚する約束をしたのに……!」
「それは、でも……オレたちまだ十四歳だし……な?」
「わかっています。でも、十八歳まで待つのは耐えられません。せめて十六歳にしてください」
「それは……」
「クラウも十六歳でお兄さまと結婚するんですもの! 私もいいでしょ?」
「わかったよ……」
こうしてオレはコルネリアとついでにリリーとも十六歳になったら結婚するという約束をしてしまった。
なんだかどんどんコルネリアと結婚する話が現実味を帯びてきたな。いくらこの世界が兄妹婚OKでも、前世の知識を持っているオレとしては大丈夫なのかなと不安になってしまう気持ちが強い。
まぁ、コルネリアが他の男と結婚なんてされたら脳が破壊されちゃうから、オレがコルネリアと結婚するというのは現実的な案ではあるんだけど……。
遺伝子が近すぎるという問題があるけど、大丈夫なのかな? 異世界だし。
それに、オレは肌が浅黒くなり、目もドラゴンの目になってしまったし、遺伝子も変わっている可能性すらある。
まぁ、なるようになるか。
ちなみに、コルネリアやリリーがオレと結婚することに対して、カサンドラは賛成の立場のようだ。しかもただの賛成ではない。大賛成だ。
クラウディアとの婚約もカサンドラにとっては大歓迎するべきことみたいだし、普通、夫が複数人の妻を持つなんて嫌がるんじゃないのか?
それとも、大貴族の娘であるカサンドラにとって、一夫多妻制は身近で普通のことなのだろうか?
『深紅の誓い』のメンバーとも関係を持ったことを勧められたくらいだし……。
それとも……。これは考えたくはないが……。オレ、もしかしてカサンドラに嫌われてる?
でも、カサンドラはオレとも笑顔で接してくれるんだよなぁ。これも高位貴族として生まれた者が持つ擬態なのだろうか?
一度カサンドラと話してみる必要があるよな……。
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