137 婚約
「バウムガルテン伯爵の入場です!」
目の前の豪華な両開きの扉が開かれ、一気に視界が広がる。王国の威信を示すような荘厳な空間が目に飛び込んできた。王様との謁見の間だ。
中央には赤い絨毯が走り、その左右には王国の重臣たちが並んでいる。その最奥に居るのはピカピカ光る王冠を被った壮年の男。この国の王様だ。その横には、ニコニコと笑うクラウディアの姿と、キリッとしたエレオノーレの姿も見えた。
オレは意を決して一歩踏み出す。今回謁見に呼ばれたのはオレ一人だ。今日は、バウムガルテン領の発展についての評価を受ける日である。
小心者のモブには非常にドキドキする状況だな。だって領地の発展の指揮を執るなんて初めてなんだもん。
オレ的には最大限やったつもりだが、やっぱり王都に比べるとすべてにおいて劣っている。比べる対象が悪いと言えばそうだが、王様がどの程度の発展を望んでいるかもわからないんだ。正解がわかりっこない問題を延々と解いている気分だよ。
「バウムガルテン伯爵、お呼びにより参上いたしました」
カサンドラに教えられた通り、王様の居る一段高くなったところから二メートルくらいの距離でひざまずく。
「おぉ、よく来てくれたな、伯。部下より報告を受けている。バウムガルテン領は、目覚ましい発展をしているようだな。領地は順調に広がり、冒険者たちを率いてヒュドラを討伐したとも聞いた。農業では特産のディートリアを育て、数多くの商人を誘致し、金山も見つけた。素晴らしい活躍だ。褒めて遣わす」
「お褒めにあずかり恐悦至極にございます。金山を見つけたのは幸運でした」
「なに、運も実力の内よ。鉱山の開発も順調と聞いている。手際のいいことだ」
「人に恵まれました。私一人の力ではありません」
「うむ。その心を忘れないことだ」
緊張はしたが、謁見は和やかな雰囲気で進んでいく。しっ責どころか苦言すらなく、手放しに誉めてくれた。
言葉にした通り、領地の開発はオレ一人の力じゃない。皆が一丸となって掴んだ成果だ。
できればバウムガルテン領の奴らに王様の言葉を届けたいな。そう思った。
「バウムガルテン伯爵領は、もはや後援が必要ないほど発展していると朕は判断する」
後援が必要ない……? まさか、これ以降援助が打ち切られるということだろうか?
しかし、オレの不安は王様の次の言葉に霧散する。
「ヒューブナー辺境伯を寄り親としなくとも、バウムガルテン伯爵領は自立できるはずだ。今日を持って、ヒューブナーとバウムガルテンの寄り親寄り子制を廃する」
「ありがとうございます。ご期待に沿えるように全力を尽くします」
「うむ。励むがよい」
やった! これでオレはヒューブナーから完全に独立した! これでもうヒューブナーの命令を聞く必要も無ければ、連座で潰されることもないだろう。オレとしては大満足の結果だ。
「伯が約束を守った以上、朕も朕の言葉を守ろう。バウムガルテン伯爵に朕の娘であるクラウディアを娶らせる」
王様はリップサービスなんかじゃなくて、本気でクラウディアを嫁がせるつもりなのか!?
予感はしていた。カサンドラからもその可能性があるとも聞いていた。しかし、いざ現実になると驚きと困惑が強い。
本当にオレがお姫様であるクラウディアを……!?
「伯よ、娘を頼むぞ」
「はっ! この上ない喜びであります。必ずクラウディア殿下を幸せにしてみせます!」
「うむ」
王様が大きく頷き、その隣ではクラウディアが頬を染めて潤んだ瞳でオレを見ていた。
「クラウ、行ってやるといい」
「よろしいのですか?」
「うむ」
王様に促されて、クラウディアが椅子から立ち上がり近づいてきた。
「クラウディア殿下……」
「ディー……」
オレはクラウディアの手を取ると、その手の甲に口付けをする。
「おめでとうございます、お姉さま」
「おめでとうございます」
「おめでとう」
「いやぁ、お似合いの二人ですな」
「おめでとうございます」
「めでたい」
エレオノーレや、赤い絨毯の左右に立っていた王国の重鎮たちもオレたちを祝福してくれるみたいだ。
こうしてオレとクラウディアは婚約した。
◇
さて、クラウディアと婚約したわけだが……。どうやってコルネリアやリリーに説明しよう?
カサンドラと結婚した時はあれだけ感情を爆発させたコルネリアだ。今回も爆発するのではとオレは戦々恐々だった。
しかし、オレとクラウディアの婚約は近日中に大々的に告知されるらしい。コルネリアに内緒にすることはできないし、そんな不誠実なことはしたくない。
「どうすればいいんだよ……」
オレはべつにクラウディアとの婚約に不満があるわけじゃない。あんな美人で心も美しい美少女を婚約できてオレは幸せ者だ。
しかし……。コルネリアの気持ちを思うと……。
それに、オレはリリーがオレとの結婚を望んでいることも知っている。
「結婚ってもっと無条件に嬉しいものだと思ったのだがなぁ……」
王宮からの帰りの馬車の中にオレの重い溜息が零れた……。
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