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119 発見

 東の東村。麦穂が黄金に輝き始めた頃。


 真新しい冒険者ギルドで書類と向き合っていると、表がにわかに騒々しくなった。


「通してくれ! 重傷人だ! 通してくれ!」


 やれやれ。またか。


 オレは手に持っていた書類をテーブルに戻すと、席を立って部屋を出た。


「しっかりしろ! 傷は浅いぞ! 頼む、目を閉じるな!」


 重傷なのか、傷が浅いのか、どっちなんだ。


 そんなことを思いながら冒険者ギルドのフロアに出ると、人だかりができていた。濃い血の匂いがした。


「冒険者ギルドに着いた! わかる?」

「治癒の使い手は居る!?」

「金は払う! だからこの子を! この子を治してくれ!」


 治癒を求める声が空しく響き渡るが、誰も名乗り出ることはなかった。


「ありゃ助からねえだろ……」

「右腕と左足が喰い千切られてやがる……」

「ひでえ怪我だな……」

「あ、あの……」

「止めとけ嬢ちゃん。あんたじゃ力不足だ。あの怪我じゃ助からねえ。助けられなかったら恨まれるぞ?」

「…………」


 ヒーラーが居ないわけではないようだが、怪我の酷さに誰もが尻込みしているようだ。治療を名乗り出て、治せませんでしたじゃあ変なシコリが残るからな。なかなか名乗り上げられないのもわかる。


「オレが治してやろう」


 オレが声をあげると、ざわめきが起きた。


「領主様……?」

「領主様も治癒が使えるのか?」

「バカ。領主様は当代随一の治癒の使い手だぞ?」

「さすがはドラゴンキラー……!」


 オレは踏み出すと、勝手に人だかりが割れて道ができる。気分はモーセだな。


 道が開いた先には、血に汚れた五人の女冒険者の姿が見えた。軽傷の四人が床に寝かせられた重傷の一人を囲むように膝を付いている。


「あ、あんたは……!」

「久しいな。たしかザシャだったか?」


 たしか、オレの呼びかけに応じてわざわざ王都から来てくれた中堅冒険者パーティだ。冒険者パーティ『深紅の誓い』。パーティメンバーは全員女の華やかな冒険者パーティだ。


「あたしの名前……。おねがいします、領主様! この子を助けてください!!」

「わかっている。ちょっと診せてくれ」

「はい!」


 浅く早い呼吸を繰り返す少女。血の気が失せた顔はボーっとしており、今にも永遠の眠りについてしまいそうに見えた。恰好からするにこの子がヒーラーか?


 少女は右腕を肩からもがれ、左足も膝から下が無い。出血がひどい。左足は紐を結んで乱暴に止血してあるが、右肩は紐では止血できなかったのだろう。


 まずは右腕からだな。


「ヒール」


 オレがヒールを唱えると、右肩に蛍が集まるように淡い緑色の光が集まった。そして、光はにょきにょきと伸びていき、光が収まるとそこには傷一つない真っ白な右腕があった。


「腕が生えた!?」

「まさか、腕を再生させただと!?」

「いったいどれほどの高みに居るんだ……!」


 外野の言葉を無視して、今度は左足の再生を試みる。


「ヒール」


 あとは先ほどの光景の焼き直しだ。少女の真っ白なすべすべの足にちょっとドキッとする。


「治ってる……」

「嘘……じゃ、ないわよね? 夢? これは夢?」


 喜ぶのかと思ったが、少女のパーティメンバーが少女の治った右腕や左足に触れて、言葉に困惑を滲ませた。よほど少女が治ったことが信じられないらしい。


 まぁ、実際危ないところだったからな。仲間の生を望みつつも半ば以上諦めていたのだろう。


「こんなところだな」

「信じられない……。まさか腕や足まで……。領主様、ありがとうございます!」

「「「ありがとうございます、領主様!」」」

「ああ、気にするな。それよりもお前たち、毒に侵されているな? ついでだ。治してやろう」

「いえ! こんな毒、薬を飲んじゃえば!」

「気にするな。ついでだ、ついで」


 オレは『深紅の誓い』の面々の毒を消すと、怪我も癒してやる。中には重傷とはいえないが指が欠けてる者が居たので、それも治してやる。


「しかし、『深紅の誓い』がこれほど手こずるとはな。何が出た?」


 涙ぐんで仲間の生を喜んでいたザシャが、オレの言葉にハッとした様子をみせた。


「ヒュドラだ! ヒュドラが出たんだ!」

「なるほど。ヒュドラが出たか……」

「ヒュドラだって!?」

「ついに出やがったな!」

「ヒュドラが出たのはどこだ!?」


 ヒュドラが出た。その情報に冒険者ギルドの中がにわかに騒がしくなった。


 そうだね。こいつら冒険者は、ヒュドラの首を求めてこのバウムガルテン領に集まった連中だ。ようやく出てきたヒュドラの目撃情報に色めき立つのもわからないでもない。


 だが、中堅冒険者パーティである『深紅の誓い』がこのざまだ。バウムガルテン領には多くの冒険者が集まってくれたが、トップ層の冒険者は来てくれなかった。残りの冒険者パーティも『深紅の誓い』と同程度の実力だろう。


 このままヒュドラを放置しては、冒険者パーティが競ってヒュドラに挑んで被害が増えるだけではないか?


「待て! ヒュドラは……。りょ、領主様ッ!?」


 オレはザシャの口に人差し指を立てると、立ち上がって冒険者たちを睥睨した。


「皆、静まれ! ヒュドラに対して怯えない胆力は見事だが、ヒュドラは難敵だ。無策では貴重な戦力であるお前たちを消耗するだけだろう。これより領主としてヒュドラと戦闘することを禁じさせてもらう。心配するな。独り占めなどしない。ヒュドラの討伐依頼はオレが出すつもりだ。オレは冒険者ギルドと協議に入るが、勝手な行動は慎むように。以上だ」

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