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閑話 木こり

 コーン! コーン! コーン!


 太い木に斧を叩きつける子気味いい音が響いている。


 だが、音が響いているのは一か所だけだ。木こりが独りで木をこっているのだろう。


 冒険者パーティ『深紅の誓い』のリーダーであるザシャは、一応注意だけしていこうとパーティメンバーを連れて音の発生源へとやってきた。


 コーン! コーン! コーン!


 音の発生源に居たのは、壮年の男だ。男は一心不乱に斧を振るっている。その姿は真剣そのもので、ザシャは少しだけ声をかけるのをためらってしまった。


「ちょっといいかしら? もうじき日が暮れるわ。冒険者たちもそろそろ引き上げる頃合いだから、あなたも今日はそろそろ止めにしたら?」


 事実、男以外の木こりは皆、もう今日の作業を終えて帰宅していた。


 どういうわけか、男だけ一人で残っているのだ。


「ああ、もうそんな時間か……。うーん……、オラはもうちょっとだけやってくよ」


 コーン! コーン! コーン!


 男は手を休めることなくそう言った。


 日雇いの労働者がこれだけ熱意をもって仕事をしている。ザシャにはそのことが意外だった。


「どうしてそこまでがんばるの? がんばったところで給料が上がるわけではないでしょうに」

「オラは、このバウムガルテンの生まれなんだ」


 コーン! コーン! コーン!


 やはり男は手を休めることなく答える。


 誇らしそうにそう言った木こりの顔は、次の瞬間、泣きそうなほどに歪んでいた。


「オラたちはよぉ、ダメな領民なんだ……。領主様に税を納めるどころか、自分たちのおまんますらろくに育てられなかった……。土がオラたちと同じで痩せぎすだったんだ。だから、ろくに麦も育たねぇ……」


 コーン! コーン! コーン!


「そんな間抜けなオラたちに領主様は言った。食料を持ってきたって……。オラたちは税も払えねぇんだぜ? 領主様だって銭っこがあるわけじゃねぇ。だのに、領主様は借金してオラたちにおまんま恵んでくれたのよ……。オラは自分が情けねぇ」


 コーン! コーン! コーン!


「オラは昔出稼ぎに行ったことあるから知ってるんだけどよ。お貴族様が領民食わすために借金するなんて他で聞いたことがねぇ。オラたちが生きてるのは、代々の領主様のおかげなんだ。だから、オラは少しでも役に立って恩返しがしてぇ!」


 コーン! コーン! コーン!


 話しているうちに木こりは泣いていた。しかし、涙を拭いもせず斧を振るう。


 木こりの顔が悲痛なものから朗らかな、まるで誇らしいものを語るような顔つきに変わった。


「んでよ、今回、ようやくそのチャンスが回ってきたってわけよ。あの小さかったディーの坊ちゃんが、いや、領主様が王都で大活躍して、今じゃ伯爵様よ! 銭っこもたくさん持って帰ってきたんだ! たぶん、女神さまもこれまでの代々の領主様の献身を見てくださったんだろう。バウムガルテンに栄光あれってやつだ。オラも他の皆に負けねぇようにがんばらねば!」


 メキメキと繊維を引きちぎる音を立てて、ついに大木が倒れた。男は満足げな息を吐くと、斧を背負ってザシャたちの方を向く。


「ありゃーめんこい娘っ子たちだなぁ。つまんねぇ話聞かせて悪かったな。オラももう上がるとするよ」

「いえ……」


 のっしのっしと村の方に歩いていく木こりの男。その後ろ姿を見ながら、ザシャたちは過去を思い返す。


 今でこそ王都で成功した冒険者に数えられるザシャたちだが、なにも初めから成功した冒険者だったわけではない。


 冒険者パーティ『深紅の誓い』のザシャも、ズザネも、ズザナも、ゾフィも、テアも、彼女たちはどこにでもいるような村娘だった。


 さまざまな理由で村を飛び出して冒険者を目指したが、そんな彼女たちも忘れられないことがある。それは税の回収に来た役人の横柄な態度と、一生懸命育てた麦を大量に取られる無力感だ。


 税なんて無くして、貴族なんて困ってしまえばいい。貴族は平民のことなんてなんとも思っちゃいない。


 そう思っていただけに、木こりの男が話した話は彼女たちにとって衝撃だった。


 まさか、平民を助けるために借金までする貴族が居るなんて……!


 とてもすぐに信じられる話ではなかった。だが、木こりの男が嘘を言っているとは思えなかった。


 あの涙に嘘はなかった。


「想像以上に面白い領地ね」

「ええ」


 ザシャたちにとって、バウムガルテン領はヒュドラを倒すために立ち寄った領地に過ぎない。それが違う意味を持ち始めた。


「バウムガルテン伯爵……。彼はどんな貴族なのでしょうね?」


 ギフトを進化させ、ドラゴンを倒した英雄。華々しい活躍をしたディートフリート。まさに成功した貴族の象徴である幼い英雄は、故郷の貧困という大敵をも倒そうとしている。


 そして、そんな彼を普通では考えられないほど慕うバウムガルテンの領民たち。


「面白いわね」

「「ね!」」

「そうね。そんな貴族が居るとはまだ信じられないけど」

「バウムガルテン様は代々慈悲深い方のようですね」


 ザシャ、ズザナとズザネ、ゾフィ、テア。彼女たちは、バウムガルテン領の領主であるディートフリートにも興味を持ち始めた。

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