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108 カサンドラの野望

 わたくしはカサンドラ・バウムガルテン。今王都で話題のディートフリート・バウムガルテンの妻でございます。


 とはいえ、わたくしがディートフリートを夫に選んだのは、わたくしの野望を果たすため。ディートフリート本人にはあまり興味が無かったのですが……。


 お爺様が強行したわたくしとディートフリートとの結婚。普通なら拒否されても文句は言えないのに、ディートフリートから文句が飛んでこなかったのはきっとお爺様の圧力でしょう。


 そんな状況では嫌われても仕方がないのですが……。


『カサンドラ嬢、すぐには無理かもしれない。だが、オレは必ず貴女を愛してみせる。だから、カサンドラ嬢もオレを愛する努力をしてほしい。一緒に幸せになろう。誰もが羨むくらいにね』


 不覚でした。まさかわたくしが殿方相手に胸の高鳴りを覚えるなんて。


 しかも相手は五歳も年下の十三歳の男の子。


 面白いと思いました。だからもう一度だけ殿方を愛してみようと思いました。


 さすが姫様が見初めた殿方ですね。この人だったらおかしなわたくしも愛せるのかもしれません。


 ですが、まずは……。


 前を歩くリリーさんの頭を見下ろします。明るい赤毛のセミロングのわたくし好みの美少女。


 わたくしには姫様という心に決めた人が居ますが、それはそれ、これはこれ。


 いますぐ後ろから抱きしめてしまいたい。


 そう思った時には、わたくしはリリーさんを後ろから強く抱きしめてその髪の匂いを嗅いでいました。スーハー。


「なに?」

「あまりにかわいらしくて、つい……」


 いけませんね、カサンドラ。どうやら今まで押し殺していたものを一度開放してしまった反動でしょうか? 己の欲望に忠実になっている気がします。


「今はリアが大事」

「はい」


 くぅーッ! わたくしには興味が無いとばかりに無表情で淡々としてて最高ですね! おかしくなってしまいそうです。


「じゅるり」


 溢れ出しそうになった唾を飲み込み、リリーさんを離します。いつか、いつかわたくしのことを「お義姉さま」と呼ばせてみたい!


 でも、リリーさんが言う通り今はコルネリアさんが大事です。


 わたくしとディートフリートの結婚を聞いて急に取り乱してしまったコルネリアさん。その後、ご自身で語ってましたけど、コルネリアさんはディートフリートと結婚したかったんだとか。


 ならば方法はあります。


 貴族の殿方は、複数の妻を持つことがあります。ましてやディートフリートは伯爵位。伯爵ともなれば、確実に世継ぎを残すために複数の妻を持つことが普通です。このあたりから説得していきましょう。


 元よりわたくしは正妻の座に収まるつもりはありませんし。できれば妻たちの仲が良い居心地の良い奥を作り上げたいものです。


 それにしても、コルネリアさんがディートフリートに好意を持っていることは知っていましたけれど、まさか結婚したいほどだったとは。リリーさんからもディートフリートへの好意も感じますし、姫様も……。


 なんだか綺麗どころばかりディートフリートを愛していく現状は、ちょっと妬ましいですね。


 しかし、今のわたくしはバウムガルテン家の奥様です。家の、奥の乱れはわたくしの管理能力不足になりかねません。わたくしがしっかりしなければ。


 姫様がご降嫁するためにも、姫様の恋が成就するためにも、そして姫様と添い遂げるためにも。


 野望のために、がんばれ! わたくし!



 ◇



 三時間後。


「お兄さま……」

「リア……」

「嘘吐きなんて言ってごめんなさい。まだ、私のこと愛してくれる……?」

「もちろんだよ。オレがリアを愛していない時はないよ」

「お兄さま……!」


 バウムガルテンのお屋敷の狭いリビング。そこでディートフリートとコルネリアさんがお互いを強く抱きしめていました。


 これにて一件落着でしょうか。


 あの後、コルネリアさんの部屋に踏み込んだわたくしとリリーさんは、二時間ほどコルネリアさんの愚痴を聞き、一時間ほどかけてコルネリアさんを説得しました。


 それにしても、十三歳の少女が、自分の幼い恋のつぼみを告白する姿はいいものですね。わたくしも滾ってしまって、鼻息を荒くしないようにするのに苦労しました。鼻血が出るかと思いました。


 コルネリアさんは不安だったのです。魅力的な女の子が次々とディートフリートに恋する状況が。いつか自分のことなんて忘れて、愛してくれなくなってしまうのではないか。彼女はずっと苦しんでいました。


 ディートフリートがいろいろな女性と関係を持つたびにコルネリアさんを不安にしていたのですね。まったく、甲斐性が無いですね。ですが、十三歳の少年に甲斐性を求めるのも酷ではあるでしょう。


「お兄さま、私もお兄さまのお嫁さんにしてくれる……?」


 コルネリアさんが、不安を湛えた表情でディートフリートに問う。ここですよ、ディートフリート! 今ここで甲斐性を見せるのです!


「…………ああ。オレはリアと結婚することを誓う」

「お兄さま!」


 ちょっと時間がかかりましたが、及第点ですね。今はよくやったと言っておきましょう、ディートフリート。


「リアが二十歳になったらね」

「やだ、十八がいい。ドーラも十八だわ」

「…………わかった。じゃあ、十八になったら結婚しよう」

「約束ね」

「ああ。約束だ」


 約束の品を交換し合ったり、誓いのキスをしたり、約束を補強する方法はいろいろあるのですけど、十三歳ではなかなか思いつきませんよね。あとでディートフリートにそれとなく教えてあげましょう。ディートフリートは、わたくしが鍛えてさしあげますわ!


「リア、今まですまなかった。これからは今まで以上にリアを大切にする。今回の件は、オレとリアのコミュニケーション不足で起きてしまったと思うんだ。これからはリアになんでも言うよ。だから、リアもなんでもオレに言ってほしい」

「なんでも?」

「ああ、悩みとかでもいいし、庭の花が咲いたなんて些細なことでもいい。とにかく、遠慮しないでいっぱい話そう」

「うん……!」


 かわいらしい約束ですね。でも、なんでも言い合える人が居る。それだけ気安い人が居る。そんな人はなかなか居ないでしょう。


 ましてや貴族なんて自分の気持ちを顔色にも出すなと教育されるのです。ディートフリートとコルネリアの関係は、眩しいくらい素敵なものに見えました。


 できれば、わたくしもディートフリートやコルネリア、リリーともそういう関係になれたらと願わずにはいられませんでした。

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