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107 修羅場

「そんなことより! お義姉さまってなによ!? 結婚ってなによ!?」

「ん。説明する」


 コルネリアとリリーが鋭い目でオレを睨みつける。コルネリアなんて手でバシバシとテーブルを叩いてて怖い。いつものお淑やかなコルネリアはどこに行ったの……?


 こんなに怒っているコルネリアは初めて見た。


 まぁコルネリアとリリーは、オレが連れ去られた時にまだ寝ていたからな。二人にとって、起きたらオレが居ないし、帰ってきたと思ったら女を連れてきて、かなり心象がよろしくないことこの上ない。


 でも、オレもまさかこんなことになるとは思わなかったんだよ……。報酬が貰えると思っていたのに、いきなり結婚なんて誰も思わないじゃん……。


 でも、この事態を招いたのは他ならないオレなのだ。


「二人ともよく聞いてくれ。オレはこちらに居るカサンドラと今日結婚した」

「わけがわからないわよ! え!? 二人は元々そういう関係だったの!?」

「いやまったく。いきなり結婚になったんだ」


 普通こういうのはまずは婚約からだよな。コルネリアがいつもの敬語を忘れて困惑するのもわかる。でも、オレとカサンドラはもう結婚式を済ませた夫婦なのだ。


「二人は本当に結婚したの!?」

「そうですよ。これでわたくしはお二人のお義姉さまです。存分に甘えてください」


 たぶん決め顔なのだろう。カサンドラがいつものすまし顔で言ってのけた。


「そんな……。そんなのって……」


 立ち上がってバンバンテーブルを叩いていたコルネリアが、まるで電池が切れたように椅子に座って顔を俯かせる。


「どうしたのでしょう……?」


 コルネリアの態度が予想外だったのか、珍しくカサンドラから動揺した気配がした。


「リア、その……。信じられないのはわかる。すぐに認めることが難しいことも。だが、リアも少しでいい、カサンドラに寄り添ってみてくれないか? そして、いつかオレたちの関係を認めてほしいんだ」


 なんだか娘に黙って再婚を決めてしまったお父さんな気分だ。ものすごく気まずい。だが、こういうのは最初が肝心だ。


 改めて思う。家族になるのってたいへんだ。たとえ一度家族になったとしても、前世のオレの両親のように家庭が崩壊する場合もある。家族になり、そして家庭を維持することのなんと難しいことか。


「お兄さまは私と結婚するって言ったのに……。嘘吐き……!」


 うつむいたコルネリア。こちらからはコルネリアの顔は見えない。しかし、絞り出すようなコルネリアの悲痛な声とポタポタと落ちる雫が彼女の心情を物語っていた。


 二十歳になっても嫁の貰い手が無かったらコルネリアと結婚する。幼い頃に交わした約束をコルネリアは覚えていたのだ。


 もう覚えていないと思っていた。コルネリアは忘れているものだと……。もし覚えていたとしても、それは小さな子どもが「将来はパパのお嫁さんになってあげる」といっているようなものだと思って、オレは真剣に取り合わなかった。


 もし、コルネリアがあの日の約束を覚えていて、今でも本気で言っていたのだとしたら?


 オレはどれほど無神経な言葉をコルネリアにかけてきたことだろう。


 今回のカサンドラとの結婚だってそうだ。


 オレはコルネリアに償えないほどひどいことをしてしまった……。


「リア、それは……」

「噓吐きぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 コルネリアは突然立ち上がると、顔を腕で覆ったままリビングから出て行ってしまった。


「リア……」


 オレはコルネリアを泣かせてしまった。コルネリアにこんなに激しい感情をぶつけられたのは初めてだ。


 オレは呆然としたままコルネリアの出て言ったドアを見ることしかできなかった。


 オレは、オレはコルネリアの心をそんなにも傷つけてしまったのか……。


 そんな間抜けな自分にひどく自己嫌悪してしまう。なにがコルネリアのことを考えているだ。オレはコルネリアの気持ちに気付けもしなかったじゃないか!


 オレはお兄さま失格だ……。


「さすがにお兄が悪い」

「リリー……」

「いきなり結婚はない」


 それはオレも思う。誓ってもいいが、結婚はオレにも予想外だったんだ。


 だが、結婚自体を否定することを言いたくない。そんなのカサンドラがあまりにもかわいそうだ。


「リアはリリに任せる」

「任せてもいいのか?」

「今のお兄はダメ」

「うっ……」


 自分で動けないのは辛い。だが、オレからコルネリアになんと声をかけたらいいのかもわからない。


 今のオレがコルネリアに会いに行っても余計に事態を悪化されるだけか……。


「わたくしも行きますわ」


 リリーが椅子から立ち上がるのを見て、カサンドラも立ち上がった。


「あなたが?」

「はい。わたくしも既にバウムガルテン家の一員ですもの。それに、こういった奥向きの話でしたら、私も必要じゃありませんか?」

「ん……」


 いつも即決するリリーが珍しく難しい顔をして迷う素振りを見せた。


「わかった」

「大丈夫なのか?」

「わたくしもこれでも高位貴族の娘ですもの。今回は少し特殊ですけど。この手の話には慣れていますわ」


 慣れているのか。高位貴族ってたいへんなんだな……。


「では、向かいましょうか」

「ん」

「あなたはどんなことになってもどっしりと構えていてくださいね。それがコルネリアさんの安心にも繋がりますから」

「ああ……」


 どんなことになっても……か。オレは、オレもなにかコルネリアのためにしたい。だが、動けない。それがこんなにも辛いことだなんてな……。


 コルネリアがあんなに怒っているのは初めて見た。コルネリアは昔から素直ないい子だったのに……。だから驚いた。コルネリアにあんなに激しい激情があったなんて……。


「安心してください。決してあなたの悪いようにはしません」

「ああ、頼んだ……」


 オレは断腸の思いでリリーとカサンドラにコルネリアを託した。

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