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106 対面

「ここがバウムガルテンのお屋敷ですか……」

「ああ」


 結婚式の後、派手な披露宴もこなして、王都のバウムガルテンの屋敷に帰ってきたのは、お昼を回った頃だった。


 今からコルネリアとリリーに会うのかと思うと腹が痛い。


 いったいなぜこんなことになってしまったんだ……。どこで選択を間違えた……。


 未だに純白のウエディングドレスを着たカサンドラは、バウムガルテンの屋敷を見上げて少し眉を寄せているような気がした。


「どうかしたのか?」

「いえ……。奥ゆかしいお屋敷ですね」

「素直に小さいと言ってくれていいぞ?」

「そうですか? では、その……失礼ですけれども、伯爵位を預かる者のお屋敷としては、いささか小さ過ぎるかと思いますわ。将来のことも考えると、せめてこの四倍は欲しいです」

「よ、四倍……」

「はい。土地でしたら実家がいくつか持っていますから、少し相談してみますね」

「ああ……。頼んだ……」

「お任せください」


 いったいどんな屋敷になるのやら……。建設費はもちろん維持費もたいへんそうだ。もっと稼がなくては……。


「すぐに屋敷ができるものでもない。しばらくはこれで我慢してくれ」

「承知していますわ。それに、わたくしはあまり物には拘らない質なのです。アルトマイヤー家が質実剛健をよしとしてしていますから。お屋敷も服装も、伯爵家として侮られなければなんでも構いませんわ」

「そう言ってくれて助かるよ」


 オレは苦笑を浮かべて返す。


 これからはカサンドラもバウムガルテン家の一員だ。カサンドラのように貴族の視点でズバズバものを言ってくれるのはむしろ助かる。


 というか、オレとカサンドラの恋愛感情などを無視してしまえば、カサンドラの嫁入りはバウムガルテン伯爵家にメリットしかない。


 ずっと木っ端貴族だったバウムガルテンは、どうも貴族としての感覚に欠ける一面がある。伯爵としてどう振る舞えばいいのかわからないのだ。それに、男爵と伯爵では、求められる礼儀作法や教養も違ってくる。そのあたりに気が付いてくれるカサンドラは貴重な人材なのだ。


 大貴族、アルトマイヤー侯爵家と縁ができるのも大歓迎できるものだし、カサンドラ、そしてアルトマイヤー侯爵家の伝手を使えるのはありがたい。


 それに、前にも聞いたバウムガルテンを取り巻く状況を考えると、カサンドラの実家であるアルトマイヤー家が味方になってくれるのもありがたい。これで下手な貴族ではバウムガルテンに手出しできなくなっただろう。


 そうか! あの時言っていたすべてを解決する人物ってカサンドラのことだったのか!


 あの時、カサンドラはなんと言っていた?


 思い出せ!


『もし、それらすべての問題を吹き飛ばすことができる人が居るとしたら、大切にしてくださいますか?』


 あれってもしかしたら、カサンドラからの結婚の打診だったのか!?


 こんなことになるなんて知らずに、オレはあの時頷いてしまった。


 今回の騒動は、オレ自身が招いたことだったのか……!


 オレはカサンドラを大事にしなければならない。バウムガルテンの窮地を救ってくれた少女なのだ。大事にするに決まっている!


 恋は落ちるものだが、愛は育むものであるなんて言葉もある。カサンドラと一緒に二人の愛を育んでいこう。


「じゃあ、屋敷に入ろうか。お手をどうぞ」

「ありがとうございます、旦那様」


 カサンドラをエスコートしながら、屋敷の玄関の扉を開けると、小さな人影が二つ見えた。コルネリアとリリーだ。二人は腕を組んで仁王立ちしたままオレを睨み上げる。


「お兄さま、いったい今までどこに……」

「キャー!」


 コルネリアがオレに文句を言おうとした瞬間、カサンドラが歓喜の声をあげてコルネリアとリリーを抱きしめた。


「え? え?」

「なに?」


 当然、コルネリアとリリーは困惑の声をあげるが、カサンドラは二人を抱きしめて離さない。それどころか二人の頬にマシンガンのようにキスの雨を降らせ始めた。


「二人ともかわいい! 前々から思っていたのです。この二人はわたくしが守護らねばならないと! これからはわたくしが二人のお義姉さまですからね! いつでも頼ってください! くぅー! 二人のお義姉さまになれただけで、わたくしはしあわせ者です!」

「え? え!? どういうことなの!? ちょ、ちょっと!」

「これ、なに?」

「えぇえー……」


 予想外のカサンドラの姿に、オレは目を点にして困惑するしかなかった……。


 え? どういうこと?



 ◇



「失礼しました。お二人の愛らしい姿に、つい抑えきれなくなってしまいました」

「お、おぅ……」


 カサンドラを引っぺがして、コルネリアとリリーも連れてリビングにやってきた。


 まずはカサンドラの謝罪から始まったわけだが……。カサンドラは先ほどの緩んだ顔が嘘だったかのようにキリッとしたすまし顔をしている。本当に同一人物か怪しくなるレベルだ。


 こいつ、オレとキスした時よりもよっぽど嬉しそうだったぞ?


 たしかにオレとカサンドラの関係は始まったばかりだが、こうもあからさまに態度が違うと不安にもなってくる。


「でも、わたくしはお二人のお義姉さまになったのですもの。少しくらいの愛情表現は見逃されますよね?」

「ッ!?」


 こいつ、なにを企んでいる!?


「カサンドラ、物事には限度があるとオレは思うんだ。あまり二人に近づくのは止めてもらおう」

「わたくしの旦那様はイケずですわね。女性には女性のコミュニケーション手段がありましてよ?」

「そうかもしれないが、カサンドラのそれは明らかに度を超えていると思うのだが?」

「女性なら普通ですよ?」

「え?」


 そうなの?


 オレは女じゃないから女性同士のコミュニケーションには疎い。しかし、思い返してみるとコルネリアとリリーもたまに抱き合ったりしてるし、一緒にお風呂とか、一緒に寝たりとかしている。


 女性のコミュニケーションは、男のそれよりもずいぶんと身近なようだ。


 本当にオレの思い違いなのだろうか?

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