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第二章 鋼の昔話〜十六夜との出会い

  1. 鋼の昔話


「あーあ、お城に出入り禁止にされた上、煉瓦を焼く薪を弁償かあ」

 鋼がため息を天に吐きます。


「ごめんなさい。僕のせいで」

 五つ窪みが、大きな体を小さくしてしょげています。


「まあ、生まれた初日じゃ何も知らなくて当たり前だけど、いつもお澄まし顔のオオジロがあんなに怒ったの初めて見たよ」

 なぜか、鋼は楽しそうに笑っています。


「ごめんなさい、僕のせいで鋼さんまで悪口言われて」


「いいさ、本当のことだ。カップ殺しの鋼……僕は昔踊り子だった頃、生まれたてのカップを殺してしまったことがあるんだ」


「ええ? 鋼さんが踊り子だったの」 


「そっちに驚くの? 産まれたてって本当に可愛いねぇ。そんな子供を、まだ名前もつけてもらう前の子供を、僕は殺してしまったんだ。踊ってるときの事故だったんだけどね」


 鋼は話し出しました。



「今はこんなに煤けてるけど、僕は磨くとすごくキラキラ輝くんだ。

 僕の名付け親は白様と黒様で、二人はツインダンスがお得意。この国一の踊り手だった。

 僕は二人みたいに踊りたくて踊り子になったんだけど、パートナーは見つけられなかった。僕はあまりにも体が硬くて、かすっただけで相手を怪我させてしまうんだ。

 だからずっとソロで踊るしかなかった。


 僕の踊りは、スピードと回転が特徴で、特に最高速度で回るとさっきの籠目みたいに、汗が金色になって、弾けて、光の塊みたいになって「太陽柱サンピラー」って呼ばれてた。

 一人ぼっちだったけど、踊れたあの頃は僕は幸せだったんだ。


 あの日も広場で一人で練習してた。誰かが入ってくると危ないから、入り口のドアをちゃんと閉じていた。ドアが閉まってる時は、僕が踊ってるとみんな知ってたから安心してた。


 その日は、なぜか産まれたての届出が多い日で、みんなずいぶん待たされた。退屈した名付け親達がお喋りしてる隙に、何人も産まれたてがお城で迷子になったんだ。

 戸籍の壁から踊りの広場はすごく離れてるけど、多分名無しのあの子は、僕の光の柱の立つのを見て、広場にやって来たんだ。


 ドアの意味なんて産まれたてにわかるわけない。もっとよく見ようとして、その子は近づきすぎて僕に弾き飛ばされた。

 その子の悲鳴を聞くまで、僕は異変に気がつかなかった。回転が速いと周りはほとんど見えない。だからこそドアを閉めてたんだ。あの時鍵さえかけておけば……。


 一度弾んで落ちたその子の体に、ピシッと嫌な音を立てて亀裂が入った。


 多分何が起きたのかわからなかったんだと思う。震えながら小さく泣くたびに、涙と命が漏れていくのが見えた。もう助からないのは一目でわかった。


「誰か来てくれ!」

 僕は叫んで、その子の割れ目を閉じようとした。


 少しでも命が消えるのを遅らせようとしたんだ、その子は何か言おうとしてた。

「黙って、しゃべると命が漏れる」

 僕は必死で押さえ続けた。その頃には僕の声を聞きつけてみんな集まってきたけど、傷が深すぎて何も出来なかった。


 どんなに押さえつけても命はどんどん漏れて、産まれたての子はどんどん冷たくなっていく。

「お願い、壊れないで……死なないで!」

 僕はボロボロ泣いて、涙でその子はずぶ濡れだった。でも涙で命は止められない。


 その子は最後に何か言おうとして震えたけれど、僕があまりに強く押さえつけるから何も言えずに、やがてパチンと小さな音を立てて砕けて塵になった。たった一日の命が、群青色の魂になって天に昇って行ったんだよ。


 僕はその塵で似姿を作ってお墓に置いて、白様のように何日も蹲っていた。

 無駄だとわかってたんだけどね。

 今でも、あの子が最後に何を言おうとしてたのか気になって、よく夢に見るんだ。

 あれ以来、僕は一度も踊ったことがない」


 鋼の昔話は終りました。



「でも、それはあの、鋼さん悪くない。僕だって今日、白様に声かけられた時びっくりして飛んじゃった。だって白様小さくて見えなかったんだもの。もしあの時横に転んだら白様を潰しちゃって、僕も同じだったもの。たまたまだもの」


「今日の煉瓦の壁みたいに? 確かに五つ窪みなら白様十人ぐらい殺せるねぇ」

 鋼は楽しそうに笑いました。


「もう昔の話さ。ただそんな訳で、僕は名付け親になる資格はないと思ってたから、今朝君の名付け親になるの嫌がったんだ。泣かせて悪かったね、こんな名付け親嫌だろ?」


「もう昔の話です。僕は鋼さんでよかったです」



 長く生きていると、いろんな事があるんだ。でも黙ってるから分からないだけなんだ。五つ窪みは聞いてみたくなりました。この世界のこと全てを!


 黒い影がとても長くなり、今日五つ窪みの産まれた西の山が赤くなりました。

 世界中が染まっていきます。丸く輝く光が山の向こうに隠れようとしています。


「大変、あの人が消えちゃう! あの光に二度と会えなくなっちゃう。また世界が真っ暗になっちゃうよ」

 五つ窪みは慌てます。暗闇が怖かったのです。


「大丈夫、お日様が沈んでも夜を照らす明かりはあるよ。東の方を見てごらん、お月様が昇るところだ。そうか、昨日は十五夜だったから今日は十六夜だ」

 五つ窪みが東を見ると、太陽とよく似た丸い光が昇ってきました。太陽に似てて、でも太陽と違ってずっと見ていられるのです。優しい光でした。


「さあ急ごう、十六夜が帰りが遅くて心配してるから」



 鋼は走り出しました。慌てて五つ窪みも走り出します。涙をひっくり返したので体は軽くなっていました。何とか日没までに北の山の洞窟に着けました。




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