田園調布が戸越銀座の軍門に下る日
最近は、六本木テレビがよくやっていると久保田祐貴はひいきにしていた。一人暮らしゆえ、誰にも気兼ねする心配がない。ということはいくらでもだらけることができるということだ。よって、上こそ着古したワイシャツに着替えるものの、下はパジャマのまま。そんな恰好でテレビ画面に向かっていっぱしにあれこれ言うのだから、まあ、安上がりではある。そうこうするうちに昼が来て飯を食べ、そうすると睡魔が襲いに来るからベットに横になり小一時間昼寝を決め込む。おおよそ、働き盛りの大の男の生活ではない。隅田川の河川敷の青テントである。
「ああ、よく寝た」
起きると、時計は夕方の5時をすぎている。
「そろそろ、散歩でもするか」これじゃ、本当の与太郎だよ。
その足はどうしたわけか、第二京浜国道を1キロちょっと北上し、JR山手線高架をくぐったかなと思ったら、いつの間にやら五反田駅前有楽街の中ほどにある古本屋の引き戸に手を掛けていた。
「こんちは」
学校の教室の半分ほどの店内の奥のガラス戸向こうに店主の姿が確認できた。どうやら、テレヴィに夢中で気づいていないようだ。
「こんちは」
本棚の間を進み、ガラス戸を叩くと、度の厚い眼鏡をかけた白髪頭の店主、荒井結弦が口を半開きで目を向いたまま振り向いた。
「なんだ、来たなら来たって声くらい掛けなさいよ。無作法な」
「掛けましたよ。失礼な。そんな無礼な真似、しませんよ。こっちだって、人のお店にお邪魔するのに」
「生憎だけど、ないよ」
「最近、あまり、需要ないんですか」
「う~ん、どういうわけかねえ」首をかしげる店主。
「周知が足りないんじゃないですか。世間への」
「バカ、言うなよ」
世の中の男と女は、えてして、ふつうの営みでは満足しないカップルも結構いるらしい。二人の営みを三人で、じゃないと欲求が満たされないという「変態さん」も、都会には少なからず存在するというのである。その三人目を買って出たのが本日の久保田祐貴なのだが、どうやらそのオファーもまだないようだ。
「『他〇棒はじめました』って、お札でも店先に掲げたらいかがですか」
「冷し中華よろしく?」
「ええ」
「前にも説明したよね。この商売、自分主体じゃダメだってこと。あくまでも久保田さん、あなたは黒子なんだよ、黒子、わかりますか。主役はクライアントなの。あなたも弁護士さんの端くれならおわかりでしょう。あなたはそのクライアントの要求を満たしてなんぼ、なんですからね」
「心得ております。お二人の心と体とを満足させて、燃え上がらせて、それで、『マンボっ』と火を着火すればいいということですよね」
「くだらない駄洒落はいいから」
飯をたらふく喰って、昼寝して、そろそろ仕事するか、と一キロちょっと歩いてたどりついた仕事場、いうなれば本業弁護士の副業としての仕事場が表向きは古本屋、その実、『他人〇紹介所』なのだから、世間様が知ったら決してこのぐうたら男のことは許さないだろう。
あいにく、仕事にあぶれた久保田は店を出て駅前歩道橋を渡り、JR駅前へ下りた。夜のとばりがおりると、中年女が立ってティッシュを配り始めるのだ。どうせ熟女キャバクラだろうと鼻であしらいつつもしっかりその手には宣伝ビラ付きの鼻拭き紙を受け取っていた。ティッシュ一枚だってお金だ。マンション一室の、生活保護以下のあがりでは、ティッシュ一枚だって無駄にできない。もらえるものならなんだっていただこう、との腹であった。