表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/42

田園調布が戸越銀座の軍門に下る日

 久保田はおもむろに腰を上げると、トイレへ立った。どうも、近いのである。齢五十にあと少しだから、老人の域なのかもしれない。それにしたって日に十回は下らない。ただ、この近さは今に始まったことではなかった。二十歳の頃から頻尿家だった。

「近いのが取り柄、岡本信人君」

 あっ、違った。「早いのが取り柄」だったっけ。

 昔、NHKで『クイズ脱線問答』という司会・はかまみつお、アシスタント・五十嵐麻利江で人気の番組があった。漫画家滝田ゆう(『寺島町奇譚』)、アイドル林寛子(映画監督黒沢明の長男の奥さん)、それと、俳優・岡本信人らが回答者。その中で、いつも真っ先に手を挙げるのが岡本だったのだ。

 トイレが近すぎて、遊びに行った先でも結局トイレに直行するはめになる。だから、六本木でも渋谷でも若い頃からよくトイレには詳しかった。どこに行けば無料のトイレがあるか、を。

 久保田祐貴は、JR山手線五反田駅から南へ1キロ強下ったあたりで人生を過ごしてきた。半世紀の間を。この辺り、庶民的な街としてよく食べ歩きの聖地などともてはやされている。しかし、テレビはあくまで上っ面しか見ていない。久保田はそう、冷めた目で見てきた。おそらく、古くからこの街に巣くう住民は皆、そんなもんだろう。

「喰えなくなったら、戸越へ行け」

 戦後、そんなふうなことを言われた、と父親は久保田に教えたことがあった。

「食用に適さない肉を卸してたんじゃない。この辺の肉屋は。買って帰ったら、すごい臭いで、食べられたもんじゃなかったことが、何回もあったのよ」

 母親もそう子供の頃の久保田に言って聞かせた。

 旧東海道の品川宿も決して遠くではないからだろう。かつてお女郎さんでもやっていたんじゃないか、という職業が体から顔から全身滲み出ているお婆さんが街を歩いていたりもした。そうかと思えば、ドラッグストアの店先に陳列している洗剤などをさっと自転車でかっさらっていく、これまた、同じように裏街道を生きて、塀の中を行ったり来たりとヤクザ稼業に身を落してきたであろう、貧相なんてもんじゃない男。目を合わせたら、あとで怖い浮浪者風男などもこの街を構成している人種であった。

 自室から居間へ移ってテレビをつけた。BS赤坂がいつも朝9時59分からやっている推理物ドラマである。もう結構、何度となく同じものを観てきた。でも面白いものは面白い。『公証人シリーズ』や税務署員の活躍するものなど、脚本と役者と制作スタッフの遊び心がうまくかけ合わさったものは何度でも魅せられる。その中でも特に気に入っているのは、やはり、『家政婦もの』だった。ひとえに、役者がうまいのだろう。市原悦子の出るものなら、「刑事もの」「弁護士もの」もいい。仕事の依頼がないのをいいことに、ここ何年もテレビの前に噛り付いているから、いっぱしのドラマ批評家気取りである。

 かと思えば、情報・報道番組も欠かせない。





 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ