田園調布が戸越銀座の軍門に下る日
気づいたときはすでに夜遅かったから、明日の朝一で文句の電話してやる。ふんっ!
そう息巻いて、久保田は居間のテーブル上のパソコンで、動画検索を始めた。普通の大人なら、むしゃくしゃしていると、酒でもあおって寝る、となるのだが、あいにく、下戸と来ている。仕方ないので、無料動画を穴のあくほど検索する沼にはまっていくのであった。
翌朝、店が開いているであろう10時すぎに、電話を入れた。10時ごろなら大丈夫だろう、と見計らって電話を入れたのだ。というなら、ごく普通の大人の対応で、ある意味、カッコいい、ともいえるし、べつにとりたてて褒め上げるほどのことではない、と切って捨てることも可能なはずだ。が、久保田の場合は少々事情が異なる。例のごとく、無料エロ動画を見過ぎに見過ぎたため、仕方なしに、というか、必然に、というか、不幸中の幸いで、寝坊してこの時間になってしまった、というだけのことである。
FC3の流出動画をタダで見てやろうというあさましい魂胆のもと、Porn hub, Xvideo, RedTube, TKTube、スマホ素人動画などなど、馴染みのサイトを片っ端から渉猟した。ここのところ、どうしたもんか、まっこて、素人カップルたちによる自費出版ものが大量に出回り、かつ、結構見ごたえある良質な内容だったりするから、真夜中の映画好きにとっては、始末におけない。痛しかゆしの状況である。結果、40半ばという年齢のこともあり、朝、なかなか目が覚めなかったということなのだ。つくづく、40代以上の夜更けの映画鑑賞は体に毒である。みなさんも、くれぐれも、お気をつけなされますように。
「昨日、閉店間際に、マスカットを買ったものですが」電話口で、単刀直入に切り出した。「奥のダンボールから奥さんらしき方が出してくれたんですが、玉は大きいんですけど、房の下半分の茎が丸裸になっていて、むしり取られている状態だったんです。つまり、上げ底だったんですよ。白い紙を家に帰ってはがしてみたら」
すると、電話口の、店主らしき70年配のおやじさんは、
「すいません、ウチはそのまま店に出しているだけ。紙を掛けたりしているのは農家なんです。うちはあくまでグラムで買ってるんで、わからないんです」
そんなことが、あるもんか。
よって、その後は方々へ電話をかけまくった。昨日、どこ産ですか、ときいたら、山梨、と店員が答えていたから、まずは、千代田区平河町二丁目にある都道府県会館に電話した。
都道府県会館とは、一五階の建物で、ほぼすべての県の出先機関となっている。赤坂見附の交差点から坂を上がったところにあり、246を隔てた反対側には衆参両院議長公邸や、自民党本部など国の中枢機関が集まっている。
残念ながら、山梨県東京事務所はマスカットについて詳しくないとのことで、直接の総元締めである山梨の農協『JA山梨フルーツ』を紹介された。いちいち山梨までかけるのも電話賃の無駄だな、と思いとどまり、せっかくだから、とセカンドオピニオン的に、長野県東京事務所へ電話。さらにはJA長野。結局、山梨と長野のJAそれぞれに、事情を説明し、グラムで売ることがあるのか、紙につつまれた房の下半分がまったく欠けた状態で出荷され、なおかつ、店頭に並ぶなどということがあるのかどうか、メールで質問をしてみた。
すると、返答がきたのは、JA山梨からだった。
「久保田 祐貴 様
お問い合わせありがとうございます。
JAフルーツ山梨 小高と申します。
シャインマスカットの出荷の件ですが、JAの生産者は出荷方法として次の方法があります。
1,共選出荷・・・共通の出荷規格(1房の重さ・粒の大きさ重さ・房形・色・その他様々な病害虫)が決められ、5K詰め出荷(8房~12房)と10パック詰め(1パック300g・350g・400g:1パックの房数も1~2房と決められている)を生産者が自宅で箱詰めし、地区ごとの共選所に出荷します。共選所では規格に応じ「秀・〇秀・赤秀・A」に格付けし各市場に出荷します。ここでは、房に半分しか粒が無いような物はパック出荷にするよう指導しています。また、パックにはJA名の入ったフイルムを貼ります。5K出荷では、1房ごとにJA名入れの塩ビの袋に入れます。(紙ではありません)また、出荷箱にもJA名が入り、赤い検査印が押してあります。検査印がない物は、ルール違反者がJA共選用の箱やフイルムを使い、個人が出荷しているものです。
2,個人出荷・・・農家個人が自分で「秀・優・良」などの格付けをし、出荷する物で、この場合、JAの共選箱・袋・フイルム等は使わない取り決めになっています。また、1房づつ入れる袋は紙でJA名なし・パックフイルムはシャインの名は入っていますがJA名はありません。共選の検査印もありません。簡単な説明で申し訳ございませんが、JAではこの様な出荷方法がございます。
個人出荷は検査もしませんし、良い物から悪い物まで様々です。品物の評価で市場で価格が決まります。お話を伺う限り今回の八百屋さんはあまり良心的なお店ではない様な気がします。下町の八百屋さんでもJAフルーツの共選物を自信をもって売ってもらっているお店まございます。やはりシャインマスカットは価格が高い商品になりますので、この様な話はよく入ってきます。
本年のシャインマスカットの生産状況は、春先からの天候も良く定期的な降雨により順調な生育になりました。夏の高温が心配されましたが、大きな影響もなく、逆に天候のおかげで糖度のあがりも良い状況となりました。昨年は玉張りが悪く房も小さい傾向でしたが、本年は玉張りも良く大きな気象災害もなく、おかげさまでシャインについては良い年となりました。昨年は、3,831tの出荷でしたが本年は4,200tを見込んでいます。全国的にシャインマスカットの生産が行はれ出荷量はまだまだ増えてゆくでしょう。その中でもしっかりしたし商品を提供できるようしっかり指導してまいります。今後もよろしくお願いいたします。」{出典:JA山梨販売部 ほぼ、アレンジなく、掲載}
全体的な趣旨としては、久保田が買った店は良心的ではなかった、ということだった。やっぱり、間違いないんだな。そう確信を得た。
電話口では、出荷したのをそのままなんの処理もせず、ウチはお客さんに売っているだけで、ウチには責任はない、ウチもお客さん同様、被害者なんです、といわんばかり。というか、事実そう言っていた。
「返品してもらえます? 一個、玉が取れちゃったけど」
紙を開けて、ものを取り出した時に、ひとつポロっと取れてしまった。が、本当に鮮度がいいならそんなこともないはずなのだ。それが証拠に、茎は、見事に茶色く変色していたのだから。
「もちろんです」
ちゃんと言質も取っておいた。
さっそく、お店に出向いて、返品して返金してもらうことにした。
レジ対応したのは昨日と同じ、中年の女性店員だった。マスカットとレシートを返し、1026円のところ、一円玉のおつりがないのか、1030円返金された。事務処理の最中、久保田も腹が立ったから、思いの丈をぶつけてやった。だいたいが、まだ夏日が続く時だったから、行って帰って結構汗をかくのだ。それも手伝って、ギャンギャン言ってやった。
「わたしは、ここのところ、もっぱら、近所のスーパーでばっかり買い物をしてたんですよ。だけど、最近、北千住に行ったら、たまたま入った果物屋が当たりで。とってもいいマスカットを売ってたんです。ああ、そうだ、近所にだって商店街があるじゃないか、って今更のごとく気づいてね。テレビでもここのところさんざん、『戸越銀座商店街』、『戸越銀座商店街』って、うるさいくらいに、能無しタレント、犯罪を犯したり、実際法律すれすれの生活をしているくせに芸能人としてどういう神経なのかいっぱしに世間に顔をさらして恥とも何とも思わない、通称『バカタレ』たちが食べ歩きしてるし。まったく、あの厚顔無恥のバカ面連中っていったい何なんでしょうかね。ごそっ、と2,30人一束いくらで安売りして、ネギみたいに、芸能プロダクションがテレビ局に売り込みかけてるんでしょうかね。ほんとに、バカ面なやつらばっかで、腹立ちますよね。デブでおかっぱ頭のやつなんかよく見るけど、まあ、教養なくて、しゃべってることも、聞くに堪えなくて。前に、加山雄三さんが朝やってましたけど、それとこれとじゃ、月とすっぽん。加山さんは品もよく、育ちもよく、頭もよく、マスクもよく、声もよく、書を書かせれば達筆で、話をさせればそつがなく、絵を描けば玄人はだし、歴史にも明るいし、事実、おじいさんは歴史上の人物だったり、歌を歌えば何もしらないアメリカ人たちが感動のあまりに『彼ならプロとして売れるよ』とすっとぼけた誉め言葉を引き出したり、と全方位型の教養人。ほんと、バカタレントばっかりじゃこっちも視聴者側もほんと、いやになる。これじゃ早晩、テレビ局もつぶれますよ。本業ではもうけが出ずに、不動産や投資など金融所得で本業を支えるようなことになるんじゃないですか。それならまだいいけど。ほんと、オワコンだ、なんて言われますが、当たり前ですよ。自分たちで自分たちの首を絞めているんですから。NHKのように、しかるべき内容を作り出すなら受信料を払っても納得ですが、くだらない内容を垂れ流すだけで、それとセットで、宣伝をバンバン見せられたら、おおよそ、そんなテレビ局、すたれますよ、まったく。どこまで話しましたっけ」
久保田は、自分でぶっていて、ぶっている内容そのものがよくわからなくなってきた。
「あ、そうそう、とにかく、一度、原点に戻って、地元の、戸越銀座商店街の果物屋さんで買ってみようってなったんです。それと、とにかく、北千住のそこは、1000円ちょっとで、青々とした緑色の玉で、スーパー、たとえば、『ワイフ戸越大崎店』や、高輪台や伊皿子界隈のスーパーの値段は張る割に、変色しはじめたような、売れ残ったようなのとは、わけが違ったんです」
見た目は、虫も殺さない、銀縁眼鏡の郵便局の窓口にちょこなんと座っていそうな久保田が、一気にまくし立てた。そのためなのか、手元が狂った女性店員は、半透明のジッパー付き小物入れに小分けに入れておいた硬貨をあろうことか、ジャラジャラと床へぶちまけてしまった。
人間、つくづく、悪いことはできないな。悪いことを企んだり、したりするもんじゃないな。正直は最善の策、とはよく言ったものだな、と久保田は母親が生前よく、口を酸っぱくして教えてくれた人生訓に改めて感謝した。




