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田園調布が戸越銀座の軍門に下る日

 翌日、ふらっと、坂を下りて、戸越銀座商店街に果物を買いに出た。十年以上の間、もっぱら、食品はすべて大手チェーンスーパー『ワイフ戸越大崎店』で間に合わせていたのだが、どうも、そればっかりじゃ、かたよるなと気づき始めたのだ。偏るな、というのは、値段と品質の意味で、偏ってしまうな、ということだ。大手のスーパーなんだから、それなりのものを大量に仕入れて、それなりの品質と値段でと思うのが普通だろう。しかし・・ 

 一月ほど前、たまたま、北千住を街ブラしたときのこと。旧日光街道沿いを歩くとかなり古そうな木造家屋が。史跡・地漉紙問屋横山家とある。江戸時代後期の建造物で、「桟瓦葺さんかわらぶき:軽量で波型の瓦を積んだもの」(足立区のホームページによる)。

 へえ、こんな古いのがいまだに残っているのか。へえ、すごいな。ひとしきり感動感心雨あられ。金かけなくったって、安い電車賃だって、近くの知らない土地に行っただけで、ちょっとした旅行気分を味わえるもんだな。北千住に来てよかった、この選択は間違ってなかったと、我ながら満足したところだった。そこから数メートル並びに、一軒の果物屋が。夕暮れの店先には煌々と照らされたライトの下で、大きな玉がいくつもついている緑鮮やかなマスカットが、税込みで千二百四十二円で売られていた。

 ええっ、こんなに立派なマスカットが、この程度の値段で売ってるのか。びっくりした。これって、盗品じゃないのか。よく、農家が手塩にかけた大切な桃を一夜にして盗まれた、とかニュースでやっている。それじゃないのか。そうじゃなきゃ、こんな特級の玉で、この値段であるはずもない。なぜなら、近所の『ワイフ戸越大崎店』などは、黄色がかった、つまり、すでに腐りがかった感じで、なおかつ、もっと玉が細くて貧弱なのだ。初老のおっさんのチンポか。だったら、電車賃かけて、北千住まで買い物に来たほうがずっといいものを買えるじゃないか。この時は思わず感激して、二房も買って帰った。幸い、マイバック持参だから、ビニール代も浮いた。こういうこともあろうかと、久保田はつねに、マイバック持参派である。どこでなにがあろうと、バックは持参で、ビニール代は絶対に出費などするものか、の心構えで生活している。

 この体験から、そうだ、ウチのほうだって、戸越銀座商店街があるじゃないか。しっかりしろ。灯台下暗しとはこのことだ。というわけで、地元の果物屋の店先のマスカットを数日前から物色し、己の心と相談していたのだ。ここで、ホントに買っていいかな、ホントに買っていいよね、だいじょうぶだよね、と。

 商店街の果物屋は何軒かあった。そのなかで、おやじとおかみさん、さらには、息子夫婦なのか、次世代のような中年女性が店番をしている店にしてみるか。きっと家族経営だろうから、悪いものは出さないはずだ。そう、当たりをつけて、久保田は、この日、買い物にやってきた。しかし、店先に陳列されているのは、緑が半分薄くなったような、茎も完全に茶色くしおれてしまったようなマスカット。なんでこんなのしか置かねえんだろう、ここの商店街は。昔っからこの街で暮らしているから、そう嘆きたくもなる。

 昭和四十年代五十年代の話ではあるが、たい焼きを買ったら、あんこのなかから、さびや汚れなどこれっぽっちもないピカピカの硬貨が出てきたり、肉を買って帰ったら、どこの死んだ肉だか、元々は食肉になど適していないんじゃないかと疑われるような異臭を放ってたまらなかったり、お惣菜に髪の毛が入っているのは朝飯前、ときに、バンドエイドまで紛れ込んでいたり、食べ歩きの聖地だなどと、いったいどの口が言えるのか、マスコミだっていい加減にしておけよ、と心の底から注意喚起をしたくなる、そんな街だったのだ。

「もっと、立派なマスカット、ありません?」

 久保田は店番をしていた三十四十歳くらいの女性店員に注文した。すると、うなぎの寝床のような長細い店内を奥へと案内して、バックヤードへと続く手前に積み上げられていた段ボールの前へ。その一番上の蓋を開けて、ものを見せてくれた。

 おおっ、すごいじゃない、あるじゃない、白い紙にくるまれた緑の大玉が。これですよ、これ。北千住で買ったのおんなじ、大玉だ。そのなかでも、色つやのよさそうなのを選んで、

「これ、いいですねえ。おいくらですか」

「950円です」

「じゃあ、これください」

 しかし、レジに持っていくと

「1026円です」

「・・・」ああ、そうか。「消費税ですか・・」

「すいません、税金なんです」 

 そりゃ、そうだよなあ。なんかヘンだなと思いつつも、それでも、おのれを納得させるように努めた。

 が、事件はここから起きた。

 帰宅して、さっそく、そのまま冷蔵庫へ。その後、少し、文庫の森(とは名ばかりで、真四角な敷地の公園である)とその隣にある戸越公園(細川家の下屋敷)あたりへ散歩した。夜になると、会社員たちが、日中のストレスと運動不足解消のために、よくジョギングしている。そうかと思えば、こちらは迷惑極まりないのだが、犬を連れた飼い主たちが10人近く文庫の森に集まっては、わいわいがやがや人間たちがおしゃべりに花を咲かせている。子犬ならまだしも、結構な大きさの犬もいたりして、そうすると、放出する尿の量もにおいも半端じゃない。これを申し訳程度のペットボトルの水程度では、到底、衛生面が保てるはずもないではないか。

 また、連中、公園の真ん中でだべってるよ。

 公園内を照らす街灯の下、彼らの姿を目視した久保田は、彼らを迂回するように、公園内を移動する。まったく、迷惑な連中だ。自分たちの食い扶持もままならないくせに、でかい犬を飼いやがって。それとも、あれか、最終的には食肉用として飼ってるのか。そう、悪口を言いたくなるくらい、彼らが退散した後には、獣のきつい臭いがマーキングされていくのだ。

 隣の戸越公園は、どうしたわけか、そういう連中が近寄らなかった。が、その代わり、全体的に薄暗くて、不気味だ。今でいうところのホームレス、ついこないだまでの浮浪者、誤解を恐れずに言うなら、変質者、犯罪予備軍の類が、むしろこちらを好むといっていいかもしれない。そういう事情もなんとなく察しているから、久保田も、夜は、こちらには近寄らないようにしていた。トイレをする際も、前後左右注意しながら、それこそ、犬のしょんべんのように、さっと、出して、手をちょっと洗って、そそくさと出てくるようにしている。

 

 

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