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田園調布が戸越銀座の軍門に下る日

 ちょうどこの頃、五反田の有楽街では、古本屋五反田書店、通称「五反田他人房書店」のおやじ、荒井結弦、通称「他人房結弦」も、遅い昼食をとっていた。

 表向き、古本屋だが、その実、口利き屋を営んでいる性格からかんがみても、二十歳前後の学生はもちろんのこと、30年以上という長期にわたり、桜チップでじっくり燻製し、芳ばしい香りが漂い始めた熟成肉も、守備範囲であることはいうまでもない。よって、午後の情報番組の色白美人人妻が好みだったのだ。が、最近、衆議院選挙の政見放送がために、時間が短くなっていた。これが、店主の気持ちをいらだたせていた。

 どうしたわけか、ここのところさっぱり、第三の男の依頼が入らない。コロナの頃はそれこそ、お忍びで、押すな押すなの大盛況だったのだが、どうしたもんか。日本人の好きものの癖が治ったわけでもあるまい。人間の欲望だから、どっかしらで発情し、どっかしらでそれを処理しなければ、いびつな形で表出し、社会問題化しないともかぎらない。だから、ウチのような稼業がひっそりとでも存在し続ける意味があるのだ、とおやじは自負している。

 たまには、早めに店じまいして、気晴らしにどっか、出かけるか。そう思うが早いか、荒井結弦、通称他人房結弦は表のシャッターを下ろして、トートバックにタオル、鼻紙、財布など必要最小限の荷物をまとめると、外へ出た。

 行く先のない小旅行もいいもんだ。10月下旬だというのに、いまだ夏日がぶり返すと予想される平日の午後3時過ぎ、店主は、半袖のストライプ柄のワイシャツの裾を表に出して、紺のスラックス、黒のランニングシューズ、右手にはトートバックといういでたちで、有楽街中央通りを駅前ロータリーまで出て、左折し、信号を渡り、東急ストア横を抜け、目黒川沿いを川下へと進む。最近新しく整備された公園や船着き場があって、春になるとシートを敷いてサラリーマンOLたちが花見をしている。夜にはライトアップもされて、比較的ゆったり桜をめでることができるのだ。しばらく行くと、居木橋のたもとで山手通りに合流するから、道なりにてくてく歩く。東海道新幹線、山手線、横須賀線の高架下を通り、第一三共品川研究開発センターを右手に見ながら、今度は東海道本線の下をくぐる。そこからは、拙者のせがれのごとくグイッと左に曲がり、左手に区立の小中一貫校、右手に子供の森公園、200メートル強先には、第一京浜とぶつかる。このあたりは国道沿いの殺風景なけしきなのだが、品川図書館を過ぎたあたり、少し坂を上る形になって、山手通りを横切る旧東海道が姿を表わす。ここは江戸の頃からあるだけあって、なんだか趣がある。北の端の八ツ山橋からなだらかな下り坂でここまで続いているようすは、浮世絵の世界にもぐりこんだ、そんな空想を掻き立ててくれるから楽しい。街道を南へ数歩行くと、目黒川沿いに荏原神社が。普段、せいぜい、谷に位置する戸越銀座商店街から坂を上ったすぐの戸越八幡神社の前を散歩で通りかかる際、お辞儀をする程度で、無宗教そのものの店主なのだ。

 この荏原神社、ホームページ上の「由緒」によれば、元明天皇の時代、和銅2年(709年)9月9日以来、品川の龍神さまとして、源氏、徳川、上杉等、多くの武家の信仰を受けて現在に至る、とある。別のページの「授与品」には、お守りが一つ1000円で販売されている。「ご祈祷依頼」、つまり、医者から処方されるくすりの効能書きにあたる効果は、

「社運隆昌」「厄除開運」「合格祈願」「必勝祈願」「家内安全」「交通安全」「工事安全」「商売繁盛」「業績向上」。すごいね。ありとあらゆるお願いが成就できるのか。本堂の前で頭を下げれば。もちろん、浄財が5円や10円、100円、1000円程度では、神様だって首を縦に振らないだろう。そんな安請け合いしていたら、天女さまとおちおちラブホにも行けやしない。

 ほんと、貧乏人は、どいつもこいつも、ふてえ野郎ばっかりだ。5円10円程度で、試験に合格させろ?彼氏が欲しい?出世したい?タワマン住みたい?だあ。ふざけんな! よし、こうしてくれる。憤慨した神様が下した有難いご運は、以下の通りとなった。

「社運流少」「疫女開運」「合格毀願」「必勝棄願」「家内暗然」「喉通闇喘」「ミドリ安全」「娼売繁盛」「行跡向上」

 




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