表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/42

田園調布が戸越銀座の軍門に下る日

 今朝の朝刊一面トップに『コロナ貸付金3割戻らず 検査院調べ 困窮者向け4684億円』の見出しが載った。

 悪い奴がいたもんだ。昨晩、ネット動画にいそしみ過ぎて寝たのは午前3時。よって、午前11時という、まったく中途半端な時間に玄関を開けてポストを覗いて、顔も洗っていない間抜け面を世間にさらして、家に引っ込む。一面左には『職員 インサイダー関与疑い 株の不正取引監視法人 監視委 強制調査』とある。ひどいニュースが続くもんだ。首都圏中心に闇バイトによる連続強盗は続くし、そうかと思えば、東京メトロの東証新規上場についてのブックビルディングを申し込んではみたけれど、週が明けて、二段階目の申し込みの時間が午前11時30分だったのを知らず、気づいた時にはすでに午後1時を過ぎていて、時間切れだった中年男もいるし。まあ、たとえ申し込んだところで、15倍という倍率なら、抽選に当たらなかっただろうな、と負け惜しみを言ってみたり。

 電子レンジで『冷凍御膳セット』を7分間セットする。その間、テーブルにパソコンで適当に画面をチェックしていると、なにやら、新しいメールが届いていた。


「先生、先日は有難うございました。ここのところ、ストーカー行為はすっかりなくなりました。おかげで、安心して、学校に、バイトに、家のお店の手伝いに、デートに、とリア充を満喫できています。では、先生もお元気で。失礼します あなたの佐藤真奈」

 なんだこれ。嫌味か? デートに、は余計だろ。こっちは彼女もカミさんもいないんだぞ。なにがリア充を満喫できています、だ。それに最後だ。なにが「あなたの佐藤真奈」だ。人食ってやがる。朝っぱらから、なんだか、むかむかしてきた。

 すると、次のメールは、

「ゆうちゃん。昨日は物件まで見に来てくれてありがとう。あれから夜、SNSで募集したら、さっそく、一人応募があったよ。なんだか、かなりボインの女の子で。大学3年とか言ってた。しかも、なかなかの美形だ。幸先いいスタートが切れそうだ。また、問題があったら、助けてよ。期待してますよ、先生」

 なにが先生だ。都合のいいときだけ、先生呼ばわりしやがって。まったく、ふざけた奴だ。ひで公め。かなりボインってなんだよ。かなりボインって。大学3年って、なんだよ、大学3年って。大学って、マッサージの見習いをする機関なのか。キワキワの部分をさする訓練をするところなのか。違うだろ。社会に出る4年間、勉学にいそしむ学び舎じゃないのか。なんだ、どいつもこいつも、自分の目先の欲望のことしか頭になくってさあ。

 図書館でも行ってみよう。

 というわけで、自宅から10分ほどの距離にある区立の図書館に出かけた。坂の上、岡の上にある図書館で、雑踏のなかでは比較的見通しがいい、とも言えた。まあ、周りは高い建物がにょきにょきできてしまったからなんとも言えないのだが、少なくとも、久保田の自宅にいるよりも気分がいい。夜などは、北の方角に、首都高を走る車のライトやテールランプが見えて、ちょっとした都会のトワイライト気分を味わえる。

 平日の昼間だから、せいぜい利用者は隠居した人がほとんど。ただ、幾人かの働き盛りの人々もいた。会社をやめて自分で仕事を始めたり、資格試験勉強に挑戦したり、少し骨休めして人生を見つめ直したり、といろんな事情があるのだろう。そういう、様々な気持ちを胸に抱えていても、気持ちよく受け入れてくれる空間。それが、近所の図書館だった。まことに有難い。税金はしっかり払うべきだな。とはいえ、税金を払うほどの稼ぎがないのが久保田のいいところ。なのかもしれない。 

 2時間ほど、新聞や雑誌や小説などを渉猟して気分のいい時間を過ごすと、そろそろ腹が減ってくる。すでに時計の針は午後3時。

「こんちは」

 がらがらっと、扉を開けるが、丸田屋には客がだれもいなかった。カウンター奥の厨房にも人影がない。それもそのはず。引き戸には『休憩中』の張り紙が貼ってあった。そんなことは百も承知の久保田は、それでもなじみのよしみで、軽くなんでもお腹に入れるものを作ってもらえればの気持ちで、入店したのだ。書き入れ時も収まって、客席の畳部屋で夫婦ともどもごろ寝のタイムなのだ。

「すいません、お昼休みなんですけど・・」

 気配を感じたのか、奥の部屋で畳に右手を突いて起き上がる奥さんの姿が。

「あぁぁぁ、なんだ、先生か」

 すると、1メートルくらい間を置いて、いまだ、横になったままの店主がそのままの姿で「いらっしゃい」

 おいおいおい。新橋駅前の千鳥格子ビル2Fの違法中国人熟女マッサージ屋じゃないんだぞ。寝ながら客に挨拶なんかしてさ。横柄だぞ。とはいうものの、入り口の休憩とあるのだからしかたないか。

「なんか、残りもんでもいいから、食べさせてくんないかな」

「しょうがねえなあ、いいよ」

「あなた、お願い」そういうと、奥さんはそのまま雑魚寝に戻ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ