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田園調布が戸越銀座の軍門に下る日

-だれか、僕のこと、もらってくれないかしらー


 貧すれば鈍する。人間、金がなくなると、さもしいことも平気で考えるようになるようだ。

  四十男で、まあ、定職を持っているとはいえ、地元の戸越銀座で弁護士事務所開設以後、ひとりの来客もないのだから、お嫁さんなど来てくれるはずもない。先の先のまた先だ。

 バブルの頃の2,3年だけ急に金回りがよくなったからって、生活を拡げてしまい、その後、贅沢を維持させるため、客の金に手を出して問題になった弁護士が世の中には少なからずいた。その後、アメリカからの外圧で司法試験改革が行われ、弁護士の数が増えたはいいが、もともと訴訟を好まない国民性もあるのだろう、案の定、弁護士同士でパイを喰い合うようになり、仕事がない連中は、テレビの報道情報番組で適当に口をパクつかせたりする輩も出る始末。いや、それならまだいい。いや、まだいい、もなにも、あやかりたい。ほんとは、できれば出たいのだ。コメンテーターとして全国区になって、名を売って。そうすればお客も来る。押すな押すなの大繁盛となるだろう。そうすりゃあ、べつに、土地持ちのお嫁さんに来てもらわなくても、向こうから「うちの娘、もらってください」と親たちが頭下げて日参しはじめるに違いない。

 久保田は半ば本気で半ば冗談でそんなことを考えている。だれがいったいヒゲづらの、頭に白髪も生えてきたいいオッサンをもらってくれる奇特な女性がいるというのか。

「長生きするぜ」

 父親によく呆れられた。

「女の子に生まれたらよかったのにねぇ」

 母親からは哀れみを向けられたものである。しかし、その最たる肉親ももうこの世にいない。父の介護、続いて、母の介護をまったく文句も言わずに務めてきたのはたしかに感心する。が、生活の糧であった父の厚生年金、母に引き継がれた遺族年金も絶たれた。それで、ろくに仕事らしい仕事もせず、たまの、お金のない被告人相手の国選弁護だけの日当で、都会の片隅で生活していけるのはなぜか。それは、母の死後、私電で駅二つ先に住む、未婚で子供もいない伯母の介護を終えて、隣の区の特養で看取った後、公正証書遺言通り、彼女のマンションを相続し、その部屋を人に貸しているあがりがかろうじて毎月手元に入ってくるからにほかならない。

 しかし、そのあがりだって、マンション組合の管理費や大手不動産を通じた月々の委託管理料を差っ引いたら、行政の生活保護にも達しない。それではお嫁さんなど来てくれるはずもない。そうなるともっぱら彼女は動画の中の彼女たちばかりとなる。

「NISAもやったはいいけれど、経済アナリストに言わせると、『今はやめたほうがいい』って言ってたしなあ。別の女性アナリストも同じこと言うし。おバカキャラで売ってたけれど実はあれはビジネスだったのねと判明した、かのゆうこりんまで『国がすすめてるのは用心してかかったほうがいい』みたいな警告しているしなあ」

 株については、まったくの素人というわけではない、と多少の自負はあった。もちろんうぬぼれなのだが。

 サラリーマンだった父親が戦後すぐの時代から株をやっていた関係で、久保田は株に対してそれほどの拒否反応はなかった。いくつかの銘柄をそのまま引き継いでは配当金も雀の涙程度ではあったが受け取っていたのだ。

「この会社、いいんだよ。硬いんだよ、名前負けしてないんだよ、ここの株は。お父さん、結構、この株で増配があってね。毎朝ダイナモンド株式会社が」

 久保田が子供の頃は、日本の企業もほとんど配当なんかなかった。配当が始まったのはここ最近といってもよかった。それまでは日本の会社はため込むばかりで社員はおろか、株主など見向きもしなかった。少なくとも、この家庭ではそういう感触であった。



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