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田園調布が戸越銀座の軍門に下る日

「先生、そろそろいいですか?」


 頃合いを見計らったかのように、NHKの政治討論あたりの司会者のように、あくまで冷静なかんじで佐藤真奈は話の流れをぐいっと引き戻しにかかった。

「あっ、そうそう。なんの話をしてたんでしたっけ・・」

 思わず、頬が赤くなるのを自分でも意識している久保田は、こういう時に、人間は、トボケモードに切り替えるのが無難と悟っていたから、「どうして、広沢寅造の話をしてたんだっけかなあ・・」

 当然、佐藤真奈だってわかっていた。が、ここはぐっとこらえて、弁護士先生の権威保持に協力してあげることに。そうすることで、助け舟をどんぶらこ、どんぶらこっと、漕ぎ出してあげたわけだ。

「ストーカーだよね、そのユミープロダクションの社長の。それをどうにかストップさせる方法がないか、ということで、今回、佐藤さんは私のところに相談しに来られたんですよね。そうですよね。それでよかったですよね」

 お前は、バカで色黒でちんちくりんで出来の悪いのが明白なんだからよせばいいのに、どういうわけだか、むしろそれゆえか、わざわざ格好つけて眉間にしわをよせて身振り手振りでさも深掘りしてますみたいな雰囲気を醸し出すのに腐心しているのがまるわかりの、国の中枢機関と道路一本隔てた距離にある、かの花柳界テレビの昼の司会者か? 自分で墓穴掘っておきながら、まるで他人事みたいにごまかして、 株屋か? 金貸しか? 悪徳不動産屋か?

「じゃ、わかりました。電話一本してみましょう」

 そう言うや否や、依頼人が持っていたスマホを「ちょっと」と要求し、ピッポッパッとダイヤル。なんだ、弁護士自身のケータイじゃないんだ、と鼻白む佐藤真奈。彼女はどうやら目の前の中年男のシブチン根性を見抜いたようだった。

「これで、もう、大丈夫ですよ。さすがに、法律を犯してまであなたを追いかけないでしょう」

 電話そのものはものの3分も経たずに終わった。名前を名乗り、以後、彼女に近づかないように、今後近づいた場合は法的手段に訴えますのでご注意をとくぎを刺すと、わかりました、としおらしい社長の声が戻ってきたのだ。

 よかった。佐藤真奈も一安心した。持つべきものは信頼に足る弁護士だとこの時だけは思った。か、どうかは、知る由もない。

「ところで、佐藤さん、最後の文面はどういう意味だったんですか?」

「えっ?」

「メールの最後。『助けて、そして、私を強く抱きしめて』という意味は」

 佐藤真奈は一瞬、頭の中が空白になった。あれっ、私って、そんなメール打ったかしら、と。ご本人としては、「エロ動画撮影現場に臨席すること自体は社会見学ね、役得役得っ!」的な軽い気持ちもこころの何割かはあったのは事実だった。が、その後すぐに、目茶苦茶布地の少ない『超マイクロビキニ』着用を強要されそうになり、どうにもこうにも限界で、最後にやっと正義の味方で警察が現れてくれた、というたまらないほど厳しい心理のアップダウンがあったのだ。だから、ああいう、『抱いて』のような感情に任せた文面を夜中に作成してメール送信してしまった。よく注意されるように、メールを打ち込んだらすぐに送信するんじゃなくて、一息入れて推敲する、だとか、一日寝かせる、だとかすべきだ、ということを言われるが、まさにそうなんだな、と反省するしかなかった。

「先生、あれは、私も気持ちが切迫していて・・・」

「そうですか・・わかりました。それでは、軽くハグくらいにしておきましょうか」

 そう答えると有無を言わさず久保田は、座布団の上で正座をした態勢から膝小僧だけで体を起こして、「よいしょっ」とばかりに、抱っこしにかかった。いっぽう、足は土間におろして、上がり框に座布団を敷いて横座りしていた佐藤真奈は、案の上、スケベおやじの「どさくさ攻撃」が来たなと察知するやいななや、そうはさせじと、若さゆえの機敏さで、ひょいと体を引いた。わずかに0コンマの差だった。あれぇ~とばかりに、『バンザイ』の形で両手がボインちゃんの胸元を掠るか掠らないかの距離でかわいそうに、40半ばすぎのアッチッチ弁護士は、勢いあまって、固い石の土間へと頭からダイブするはめとなった。イテテ・・






 


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