田園調布が戸越銀座の軍門に下る日
卵型の輪郭に沿うように、少し栗色がかった自然な髪がやわらかく流れて落ち、一方は肩から乳の上あたりまで、もう一方は背中の真ん中あたりにまで達している。目がくりっと大きく、あまり大きな食べ物は呑み込めないだろうとわかるほどのおちょぼ口。その口元をしつこすぎないくらいの、ほんのりとした口紅がアクセントをつけるともなくつけている。ほっぺたは、どうしたわけか、蒸気したかんじ。そういったふうの佐藤真奈が小首をかしげてみつめてくるものだから、久保田は一瞬、思考が止まりそうになった。
まずいな・・。やっぱり、40過ぎの独身男はいいことないな・・。下手すりゃ・・。危ない危ない。思わず、脇の下がじとっと湿ってくる。なんとか、独身センサーを軌道修正して対応。
「ところで、相談というのは」
「ええ、あの、新宿御苑のプールで、撮影が始まったんです。プールサイドで。私が、その社長、田宮林蔵っていうんですけど、競泳用の水着に着替えろ、と圧を掛けられている最中に」
なるほど。大勢のスタッフたちは、近々売り出されるであろう『元競泳選手の〇〇が出演』という飾り文句のついたAV作品のために、台本どおり、仕事を始めたというわけか。ドラマといえるかはなはだ疑問ではあるが、とりあえず、お芝居という名目のエロ動画制作をおっぱじめた、と。
「それで、私は、約束が違うじゃないですかって、抗議したんです。ただの見学だっていうから来たんですって」
「ふんふん」
久保田は思わず、座布団の上で姿勢を正す。職業を忘れ、いつのまにか、目をらんらんと輝かせながら。
「間宮社長に言い寄られつつも、初めてのAVの現場にびっくりしちゃって。そっちに目がいっちゃって」
「ふんふん」
「わたし、いま、大学3年生で21歳なんですけど、これまでの人生で、一度もAVって見たことがなくって」
「嘘つけ!」
思わず、久保田の心の声が飛び出た瞬間だった。
「あ、いやいや・・失礼しました。嘘というのは、田宮という社長に対してだよね、もちろん。佐藤さんが見学だけって言われていったのに、あわよくば、女優として出演させてやろう、みたいなよこしまな魂胆があったという点で」
とっさの取り繕いに、己の隠れた才覚を期せずして発掘した気がして、まんざらでもなかった。
「それで、しばらく抵抗続けていたんです。社長だけでなく、監督さんや男優さん、はては、女優さんまで撮影を中止して、私を取り囲み始めて。『やりなよ~! やっちゃいなよ』『業界に入りなよ。気持ちいいよ』『男優さんも監督さんもスタッフさんもみんな、あなたのこと、下にもおかないくらい、大事に扱ってくれるんだよ』って、もう、裸にならなきゃ、この世に生還できないような勢いだったんです」
そういうもんなのかぁ~。連中は女の子を金としか見てないからなあ。昔から、花柳界なんかそう言われるし。今だって、京都の、とくに祇園なんか、女で飯食ってる街だし。久保田も一度でいいから撮影現場に立ち会いたいと思ってきただけに、どうにも気持ちを突き放して、冷静に話を聞く、という態度でいられなかったのは事実だ。
「それで、もういい加減、観念するしかないかなあ、というとき、救いの手が差し伸べられたんです。まったくの偶然だったんですけど」
「どうしたの? 救いの手って」
「警察官が数人、現場に姿を表わしたんです。下の階に覚せい剤の手入れに入った関係で、たまたま、別の階も覗いてみるかってなったらしくって」
へえ、そんな幸運もあるもんなんだねえ。ほんとを言えば、彼女の水着姿を見てみたかった気持ちもないわけでなかった久保田だった。




