崖っぷち三十路女は酒を嗜んでばかりはいられない
「しない」じゃなくて「できない」は言い訳なのか。
めでたい席でのお酒は美味しい。
本日はめでたき良き日。
三度の飯よりもお酒を飲むことが大好きな、31歳・独身 佐藤 頼子は、中学生時代の友人の結婚式のお祝いにやってきていた。
式場は駅前とアクセス最高。
高いヒール靴でも大丈夫だと、何度か足をくじきそうになったが幸せパワーで乗り切ってやってきた。
森の小さな教会、ではないけれど、会場中庭の緑が生い茂った中にあるなんだかとっても可愛い感じのチャペルでの結婚式。
(美帆ちゃん、きれい……泣ける……)
バージンロードを歩く友人に感涙し、頼子は胸がいっぱいになった。
とても尊い気持ちで、フラワーシャワーを投げ、感動が冷めやらぬうちに披露宴会場へ移動。
既に足は痛くてたまらなかったが、ヒール靴装着に必要なのは気合である。
さて、そんなこんな色々あったが、本日のメインイベントである。
宴会と言えばお酒だ。豪華な料理までついてくる。
結婚した二人の趣向を凝らしたお料理と飲み物は格別である。美味しさよりも幸せをいただく的な。
(乾杯はシャンパンで!)
いくらおめでたい席であっても、あんまりがぶがぶ飲むわけにはいかない。そこはちゃんと自重できる。もう31歳なんだもん。
席にあるメニュー表には二人の出会いをイメージしたカクテルをご用意いたしました、と記載があったからそれも飲みたい。超楽しみ。
このめでたい席に呼んでくれたこと、頼子にはそれが嬉しくてたまらない。
精いっぱいお祝いするつもりでやってきた。
周りは皆同じお祝いムード。
皆がニコニコした場で飲むより美味しいお酒を頼子は知らない。
(海老だー! 超大きい海老ー!)
目の前にサーブされた料理に、心の中で雄たけびをあげつつも、同じテーブルについた同級生の面々を見やる。
普段は高校の同級生か、大学の同期と飲むことが多いので、この中学コミュニティは一年に一度会うか会わないかぐらいの付き合いだったりする。一応細くはつながっているわけで。
話題と言えば専ら「最近何してんの?」だ。
海老を丁寧に切り分けて口に運びつつ、旧友たちの会話を笑顔で流す。
頼子が最近やっていることと言えば、ボーナスで購入する予定のお酒の銘柄を決めるため、ネットで延々と口コミを読みまくっていることである。
とてもこの場で話すような話題ではないとわかっていたため、笑顔の裏でどんな出まかせをかまそうか考えながら、友人の子育て大変話を聞き流していた。
(っていうか、子……育て……だとぉっ!?)
そういえば、さっきから、新郎新婦も『ようやく』結婚できた、とか言っていたような、と奇妙な言い回しに頼子は気づいた。気づいてしまった。
そういえば、このテーブル9割が子持ちである。
話題が子どもの習い事が、とか旦那が子どもの面倒見てくれなくて、とか、そんなのばかりであることに今更気づく。もちろん笑顔で「大変だねえ」と流していたが。
(え、あれ? どゆこと? 皆私同い年だよ、ね?)
「頼ちゃんは全然変わんないねー」
「えへへ」
テンプレな呼びかけに適当に笑って返す。
「独身だから? 頼ちゃん見てると、なんかすっごい懐かしい気持ちになるー」
「え、えへへ、そう? 自分じゃわかんないなー」
もう笑え、笑うしかないぞ、と自分を奮い立たせ頼子は笑った。頑張った。
右隣の友人からマウントらしきジャブを放たれ、左隣の友人からは更に強烈な一発が放たれた。
「頼ちゃんてさ、なんで結婚しないの?」
「え」
思わず固まった。
な ん で 結 婚 し な い の ?
(え)
「いやあ、何でだろねえ。みんなは子育て頑張っててすごいなぁ」
何も考えられなかったが、受け答えテンプレは勝手に口をついて出ていた。
頑張った。頑張って笑った。
ただあまりの衝撃にその後の料理もお酒も進路神父とのフォトサービスも全く記憶に残らなかった。
「しないんじゃなくて、できないんだっつーのっ!!」
だん、と大ジョッキをテーブルに叩きつけるように燻っていた思いを吐露する。
「頼ちゃんが」
「荒れている」
結婚式の翌日、頼子は高校時代の同級生二人と居酒屋で酒を飲んでいた。
大変珍しい頼子の酔い方に友人二人はやや引き気味だ。
気分はやけ酒である。頼子が一番嫌いな飲み方であるが、「これが飲まずにやってられるか!」だった。
「なんで田舎って結婚みんな早いの!」
「田舎って言っちゃったよ……」
中学時代の友人たちは昨日見てきたとおりほとんどが結婚出産し、夫婦仲良く生活している子ばかりだ。
それに対し、高校時代の同級生は圧倒的に独身が多い。一緒に飲んでいる二人は頼子同様彼氏すらいない。
「まーま、頼子、飲んで飲んで」
と、飲み物のメニューを渡された頼子はそれを一瞥してすぐに注文を決める。
「鍛高譚ロックで」
「あらま、焼酎に行くとは、本気で飲むねえ」
明日仕事なのに、と友人は言いつつも自分も日本酒熱燗などを注文している。かなり本気飲みモードだ。
もう一人の友人は完全に下戸でソフトドリンク専門だが、こうやって居酒屋も付き合ってくれ、かつ車で送迎までしてくれる天使だ。
「二人が飲む分、私は食べるからいいの」と気を遣わせないようにか言って、本当に三人前ぐらい食べる健啖家である。たまに酒代よりこの子が食べた分の方が金額が高かったりする不思議な胃袋の持ち主だ。
類は友を呼ぶというのか、頼子の友人はこんなのばかりである。
「いいじゃん『たんたかたーん』ってなんかめでたい気するし」
「私は紫蘇苦手だから飲まないけど、確かに注文したい響きなのはわかる」
「私も飲めないけど、それ、ちょっとわかる」
駆けつけ大ジョッキを飲み干し、お通しのがんもどきの煮物を食べて、ようやく頼子は一心地ついた。
思いきり感情をむき出しにしたせいもあるかもしれない。
「あーでもわかるわー、私も何でしないの? って聞かれても答えられる気しないわ」
「でしょ? 結婚はできて当たり前、みたいな価値観が見え隠れしててさー」
「結婚マウントかー、結婚式でそれはしんどいね」
「でもさ、言われて自分がものすごく人として劣っている気がしてきて、みじめだったんだよー」
ううっと泣きまねをすれば、下戸の友人がよしよしと背中をなでてくれる。
「結婚できないだけで劣ってるなんて絶対ないって。今令和だよ。いつの時代の価値観よ?」
「そうそう、昔の人も言ってるじゃん、結婚は人生の墓場だって」
「それ私たちが言うと負け犬の遠吠えって言われるやつ!」
自分で言って頼子は少し落ち込んだ。
お酒を飲んでほろ酔いで、楽しいはずなのに、楽しくならない。
「でもさ、この間、みのりが会った時に語ってたじゃん」
『さっさと結婚しろって攻められて結婚したらしたで次は子ども産め攻撃でしょ。
で、まあお金とか家とか子どもを持つ準備をプレッシャーをうけながらも必死でやって、子どもができれば、完母がどうのミルクがどうので今度は同じ子持ちから攻撃されて。
子の夜泣きでまともに寝れずにふらふらしてる時に、出産祝いのお返し準備したのって旦那のお母さんからなぜか子供がようやく寝たタイミングで連絡が来て、子どもが起きて泣いてさ、もう「お前の息子に言えよ!」ってあの時は怒鳴りそうになるのを必死で我慢したよ。
でさ、育休から仕事に復帰すりゃ、子どもはすぐ体調崩すし、体調崩せば全部私が仕事を休んで、病院連れてって看病してさ。
会社にまともに出社できないし、同僚には白い目で見られるし、雑用しか仕事回されなくなるし。
挙句の果てには「お母さんが仕事仕事で一緒にいてくれなくて子どもちゃんかわいそうねえ」って言われるんだよ!ほんと「おめーの息子が年収一千万ぐらい稼いで来たらいくらでも仕事辞められるんだよ! 甲斐性がないおめーの息子に言えよ」って感じ。
仕事辞めたら自分のものなんて何にも買えないよ、ずっと子どもと一緒で自分の時間なんてないよ。ほんと終わらない地獄』
おっとりとした癒し系の友人のみのりと久しぶりに吞んだ時に「最近どうなの?」と投げかけたら一気に語られた言葉だ。頼子たち独身にはそれはそれは重たい言葉であった。
『女はねー、どんなライフステージにいても地獄だよー。
何かに攻められながら生きていくしかないんだよね。
結婚? したら地獄のはじまりだよ。
結婚しなくてもさ、孤独が待っていると思うと地獄だもんね。
女に生まれるってさ、どんな苦行なのさって思うよ、本当に』
遠い目をして語る友人にかける言葉もなく、沈黙が落ちたあと、友人は笑った。幸せそうに。
『でも子供は可愛くて幸せ』
「あれは、ねえ」
「うん、あれは、ねえ」
「頼子は結婚したいの?」
「あれを思い出した後にそれ聞く? そもそもしたい、したくないじゃなくて、『できない』の!」
「威張るなー! あ、でもわかるかも。先に出会いだよねー」
友人の言葉に頼子は大きく頷いて同意した。
出会わなければその先はないのだ。たとえ待ち構えているのが地獄であっても。
「頼ちゃんはさ、お酒好きな人と出会えば?」
「お酒が好きな人とは基本的に趣味が合わないから」
「なんで?」
「私はお酒をのんでほろ酔い状態になるのが好きなんであって、お酒の銘柄にはそんなに興味がないんだけど、お酒好きな人って銘柄から攻めるじゃん。飲みながら聞かされる蘊蓄ほど嫌なものはないね」
「じゃあ、逆に全く飲めない人とか」
「それもなんか遠慮して飲めなくなりそうでさ」
そういう意味でもし選べるのであらば決め手はお酒ではないところで選びたい、と頼子が言うと、お猪口片手に日本酒をちびちびやりながら友人が、そういえば、と思い出したように言った。
「頼子、前にさ、誰だっけ? 紹介してもらうって話でなかったっけ?」
「あ、それ聞いた、飲み会好き男子だっけ、あれってどうなったの頼ちゃん」
「会う話を詰める前に、向こうに彼女ができて立ち消えた」
あー、と友人たちは顔を見合わせてなんとも言えないような表情になった。
「ちなみに、ちょっと面白い話なんだけど」
そんな友人たちに頼子は言う。
「その飲み会好き男子の前にも、紹介するよ話をあちこちから立て続けにいただいていたことがあったのね。その数三人。
三人とも紹介話が固まる直前に彼女ができて話が流れた」
「……頼ちゃん、それって」
「偶然にしてはできすぎている。もう私は誰とも付き合うなという神様の思し召しかと思ってます」
ロックグラスの中身をグイっと飲む。きつい、と顔を顰めながら頼子は涙をこらえた。
「頼子、こうなれば運命と勝負だ! ちょっと真面目が過ぎて、いない歴=年齢の奴が後輩にいるんだけど、紹介するわ。会うよ!」
「え、強制?」
「絶対あいつなら直前で彼女できるなんてありえないから! 絶対に会うよ!」
「そんなの紹介するなー」
絶対だから、と約束させられて、締めのお茶漬けを綺麗に食べてから解散となった。
水曜日、有給消化でお休みを取った頼子は繁華街にやってきていた。
昼間にこうやって外に出ているのはとても贅沢な時間のような気がする。普段だったら会社で体裁すら整えていない申請書に一人心の中で文句をつけているところなのに。ちゃんと誤字は訂正しろと言いたい。
本当は昼間から飲み屋で飲むをやる予定だったが、繁華街のアーケードがクリスマス一色に染まっているのを見て急遽予定を変えることにした。さすがに、なんだか、なんだろう……と思ってしまったためだ。
そうだ、クリスマス。年末、年末と言えばボーナスだ。正確に言えば年末賞与か。
支給されたばかりのそれで、お酒を買うことは確定していたものの、31歳にもなったんだ、もう一つ大きな買い物したっていいだろうと思い立った。
先日の結婚式のご祝儀は別勘定だからボーナスの使い道からは除外している。
「お洒落をしたい」
結婚式に履いていったハイヒールはめちゃくちゃ痛かったけれど。パーティードレスは以前購入したものを使いまわしたからそこにお金はかけていなかったけれど。何となくああいうお洒落をして出かけるのはとても気分が上がったのだ。ああいうのが日常に少しあったら素敵だなと思ったのだ。
呟いて向かうのはデパートである。
丁度バーゲン開催中のため、お手軽な価格でそこそこの服が手に入るであろうことは予想できた。
だが!
(気に入った服を敢えて定価で買う!)
バーゲンで販売している服はバーゲン用の質の劣ったものだという噂を聞いたことがあった。
あくまで噂ではあるが、せっかく購入するなら『ちゃんとしたもの』が欲しいと思うのは当然だと思う。
お洒落の洒と酒は似たようで違う字だ。
お酒は定価で買う。お洒落も定価で買う。
それで良い。
思考が一寸酔っている人のそれに近いが、頼子は素面だった。
ハイブランドのフロアは一瞥して回れ右できたから、普通に素面である。
(さすがにニット一着10万円オーバーは無理!!)
さすがのボーナス様も無敵ではない。
フロアを移動して仕切り直しだ。
(このぐらいの価格ならいける)
ふらふらと見回りしながらちらちら価格を確認してそれを確信してから、物色をはじめる。
ほどなくして「これ」と思うものが見つかった。
定価3万8千円(税込)のスカートだ。
生地の手触りがよく、縫合も丁寧で頑丈。形も流行りに寄っておらず定番で上品。色も暗すぎず派手過ぎず。
いきなり理想に出会えてしまった。
しかし、ここで懸念材料が一つ。
(これ、どこに着ていけばいい?)
会社はすぐに事務服に着替えるので、いつもカジュアルスタイル通勤だ。オフィスカジュアルではない。ガチでカジュアルだ。多分こんな素敵スカートをはいていこうものなら「デートか!」と言われること間違いない。めんどい。
そうすると、友人たちとの飲み会か。それも汚したら本気で泣く。
もっと特別で、お洒落をして行ける場……?と考えて、突然頼子は閃いた。
「お見合いパーティーだ! 通称おみパ! 行ってみよう!」
きっと社会勉強になるに違いない。
意気揚々とクレジットカード決済でスカートを購入。
また駅ビルのプチプラの店でふわゆる風ニットも一着購入。これでおみパ準備もばっちりだ。
日曜日。
再び先週のメンバーで集まっての飲み会。前回とは違う居酒屋チェーン店に召集だ。
もう年末近いがこれは忘年会ではない。反省会だ。もしくは懇親会。
忘年会はまた別の日に開催することが決定している。
大丈夫、ちゃんと楽しみに思えるあたり先週の結婚ショックからはだいぶ立ち直ったらしい、と頼子は少し安心していた。
「で、行ったの、おみパ」
「行った」
「頼ちゃんて意外に行動力があるよね」
服を買ったその日のうちに、週末のおみパに申し込んでみた。週末土曜日は昨日のことだ。
「どうだったの?」
「いやーすごかったよー」
「何が何が」
「すっごく美人さんが参加してて、その人のとこにみんな集中してた。
であぶれ者同士でフリートークして、お互いに『残りかす同士だな』ってわかり合っちゃってて」
だんだん友人二人の顔色が悪くなってくるのがわかった。
「頼子、もういいよ、これ以上は聞くのもつらい!」
「頼ちゃんはよく頑張った! 頑張ったよ!」
「うーん、おみパもダメかーと思ったな。あれは突出して何か秀でたものがないとかすりもしない」
悲しい結果ではあったが、しかと得たものもあったのだ。
恋愛市場に参入するには頑張らなきゃ駄目なんだと。何を頑張るか、と聞かれると答えるのはむずかしいが。
「男性側に趣味欄にお酒って書いている人がいて」
「おお! いったか?」
「その美人さんにドヤ顔で日本酒のおすすめ銘柄を延々語っててこうはなりたくないなぁと自戒の気持ちが芽生えた」
ちょうど毎日お酒銘柄の口コミ検索をしている。ランキングもチェック済みだ。今の頼子は産地から銘柄まで日本酒についての知識が豊富である。趣味酒男の語りを傍から見て恥ずかしいなと思いつつも、お前そんな浅さで語ってんの? と自分でもわけのわからない酒知識マウンティングをかましそうになって、そんな性格の悪い己の身を恥じたのだった。
「そうかそうか」
「頑張った頑張った」
友人二人はものすごく優しい顔つきで頼子を見ていた。
「でもさ、頼子よ、一杯目からカルーアミルクってどうなの」
「癒されたいの」
コーヒー牛乳味の酒は傷ついた心を癒してくれるようなそんな感じで。
「もう癒し系の嫁がほしい」
「同意」
「同意」
シーザーサラダとカルーアミルクは合いそうにない。
そんな違和感もまた楽しいのだ。さらにグラスを傾ける。
「ねえねえ、この間頼ちゃんに紹介するっていってた真面目で恋人いない歴年齢の後輩ってどうなったの」
「あれね、彼女、できたって……」
友人同士の会話に、やっぱりね、と頼子はひそかにため息をついた。
やっぱり神の采配かもしれない。ずっと独り身で酒を飲んでいろと。
(まあ楽しいからいいかもね)
「ねえ、頼ちゃん、私を頼ちゃんに紹介しようと思うので、彼氏を授けてください!」
「いやー、そういう使い方は無理でしょ、頼子も断れ」
「私の力でハッピーになれるなら、それが幸せなのかもしれない」
「ちょっと頼子、遠い目しないで!」
二杯目はソルティドッグにした。グラスのふちに付けられた塩に舌で触れる。
しょっぱい口の中にグレープフルーツ味の飲み物を口に含めば、酸味と塩味が混ざり合う、さっぱりした。
長芋鉄板焼きをつつきながらちびちびと飲む。最高だった。こういうお酒が好きだ。
友人たちもそれぞれ好きな飲み方をしていて、食べ方も飲み方も縛られることがなく自由。
頼子の好きな飲み方だった。
こういうのを許してくれる友人が近くにいることが幸運だと思う。
「結婚しようと思ってさ、今から誰かと付き合うじゃん」
下戸の友人が突然ぽつりとつぶやいた。
「まず明日誰かを好きになったとして、まあ付き合うまですったもんだあって、半年から1年かかるでしょ」
「そんなにかかる?」
「もしもの話だから。で、付き合っても、結婚しようってなるまでどれぐらい? プロポーズまで1年から2年かかるとして、そこから結婚資金をためるわけよ。結婚式やるなら2百万以上は欲しいから、そうだな2、3年?」
「ほう、で?」
「ストレートに結婚までたどり着くころにはもう35越えるよね。もう高齢出産だ」
あまりにアバウトな計算だが、少し現実的な話に、少しだけ酔いからさめたような心地になった。
「よく考えたらさ、私たち結構ギリギリのところにいない?」
「でき婚、するか」
「できる気しないけど」
言って、三人で少しだけ笑う。
力ない笑いになってしまったが仕方ないだろう。
「こればっかりはご縁だからね」
と頼子は言った。
ご縁があればとんとん拍子に進むだろうし、無理やり縁付こうとしてもうまくいかない。そういうものなんだと思う。
「そうだよね」
「まあ、そこまでして結婚からの地獄に突っ走りたくないって気持ち、あるんだよね」
「あれだけ苦行を乗り越えないと子どものいる幸福を得られないって……地獄だ」
まあ、友人のとこが特殊なのかもしれないけれど。
まだ、希望は持っておきたい。
「10年後も20年後も、頼子は飲んでそうだよね、そうやって楽しそうに」
「もう楽しく飲むために生きているような気がしてきた」
「いいんじゃないの、頼ちゃんっぽくってさ」
どんな地獄に落ちようとも、こうやってほろ酔いで笑えればたいてい大丈夫な気がする。
だから頼子は楽しく酒を飲むのだ。飲めるような未来を選ぶのだろう。結婚してもしなくても。
「忘年会、どこ行く?」
「飲みながらその話かよ!」
「たまにはイタリアン行きたい」
「ワインいいね、飲みたい!」
そうやって今日も夜は更けていく。
頼子はこのまま35歳ぐらいでトラック転生して、
「転生して絶世の美女になってけど全くモテません、どうしてなのかお願い誰か教えてください」
みたいな転生もののヒロインでもやればいいと思う。