第8話「『見習い騎士』と『魔法使い』は、この異世界で生きている」
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この異世界で目を覚まして、すぐのことだった。
当時は、皆が自分のことで手一杯だった。
見知らぬ世界。理解できない状況。優斗もどうしたらいいのかわからず、ただ時間だけが過ぎていく。空腹だけど食べるものはなく、買い物をしようにもお金がない。喉が渇いて川の水を飲んだら、何日も下痢をした。
そんな状況でも。
要領の良いクラスメイトは、なんとかこの世界で生きる方法を掴みだしていた。優斗もそれを真似した。無我夢中だった。他人からどう見られているか、そんなことを気にしている余裕もなかった。タダ同然で働いて、使えない奴だと馬鹿にされて。小銭を稼いでは屋根のある場所で雨風を凌ぐ。『職業』スキルについて理解した後は、依頼も積極的に受けた。信頼されないうちは、依頼を受注することさえ難しかった。苦労して達成しても報酬を踏み倒されたこともあった。それでも必死に生きてきた。この時は、他の仲間たちのことなんて考える余裕はなかった。
そうして、ようやく。
この異世界で生きていく方法を掴み始めた頃に。
彼女を見つけた。
寂れた街外れで、誰もいない廃墟に寄りかかって。
今にも死んでしまいそうな少女。
……雨宮舞穂の姿を。
優斗の脳裏に過去の記憶が蘇る。
優斗には、彼女を放っておくことがどうしてもできなかった。慌てて彼女を助け起こして、死ぬ気で貯めたわずかな貯蓄を、彼女のために使い果たした。食事を食べさせて、宿屋で部屋を借りて、土や泥で汚れた体を丁寧に拭いた。その時の彼女は、会話すらできない状況だった。
この異世界は優しくはない。
だが、元の世界の現実だって、それほど優しくはなかった。泣いて、苦しんで、そんな人を助けてくれるも、ほとんどいなかった。
それでも、と優斗は思う。
雨宮舞穂に、これ以上の不幸を見させるわけにはいかない。
無理を言って間借りさせてもらった宿屋の一室で。
目を覚ました舞穂が、こちらに向かって。
わずかに笑ったのを見て。
この子だけは、何があっても守ろう。
そう思えたのだ。
数日後。宿屋を追い出された。
宿代の借金を抱えながら、彼女の手にとって。自分の後ろを頼りない足取りでついてくる少女を見ながら、自分の心に強く誓った。
……そっと握り返してくれる、彼女の体温が。
……本当に嬉しかった。
それから、あっという間に月日が過ぎて。
先月、街の外れの古民家を借りた。格安だが手入れもされておらず、月々の家賃だけでも厳しいものがあったが。それでも、何とか二人で支えあって生きている。
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はいよー。これが報酬だって。
酒場のカウンターから顔馴染みの男が顔を見せる。仲間内で『料理人』の職業を持つ小太りの少年。万福五郎だ。彼が作る美味しい料理は、クラスメイトたちに癒しと至福の時を提供してくれる。クラスの良心ともいえる存在だった。その彼の手には、今回の依頼の報酬。……ゴブリン・ロードの討伐の報酬金が握られていた。金貨が詰まった袋を見て、優斗は思わず涎を垂らした。
「ひやっほー、金だ、金だ! ごれで貧乏生活からオサラバだぜ」
ずっしりと重い布袋を掲げて、優斗は下品な顔になっている。
そんな優斗を見て、料理人の五郎は苦笑いをする。でも、気をつけてねー。今回は良かったけど、危険な依頼のときはちゃんとパーティを組むこと。絶対に二人だけで行っちゃダメだからね。その時の五郎の顔は、少しだけ真面目だった
「そうだな。ここで五郎の飯が食えなくなるだけでも、人生の損失だからな」
けらけらっ、と笑う優斗の後ろには。
テーブルの席についている舞穂の姿があった。お腹が空いているのか、ぼーっと天井を見上げていたが。優斗のことを目に留めると、ニコッと笑う。そして、ちょいちょいと手招きをすると、自分の隣の席へと座るように誘う。
「岸野君。こっち」
「おうよ、雨宮」
優斗は促されるまま、舞穂の隣に座る。
それからは、ほとんど会話はなかった。久しぶりの馴染みの食事に、二人ともそわそわと落ち着かない。
お待ちどうさまー。本当はちゃんとした醤油が手に入れば良かったんだけどねー。と五郎が申し訳なさそうに料理を運んでくる。だが、そんな彼の憂慮など皆無だった。目の前に出された元の世界の料理に、優斗と舞穂が目を輝かせる。ラーメンの麺を啜り、チャーハンをかき込み、醤油に近いスープの味に歓喜する。そして、二人は満面の笑みを浮かべるのだった。
「うっまー! 生きてて良かったぜー!」
「うまー。いきててよかったー」
幸せそうに笑いあう二人。
今日も『見習い騎士』と『魔法使い』は、この異世界で健気に生きている―
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