第7話「…今度こそ、雨宮舞穂を救ってみせる」
……さて、どうする。
優斗は短く息を吐きながら、ロングソードを両手で握りしめる。
態勢を立て直したゴブリン・ロードは、今やカンカンに怒っている。それに加えて、子分のゴブリンたちも興奮したような奇声を上げている。うるせぇな。お前らは状況が悪くなったら逃げ出す、ただの外野だろうが。
「……」
優斗は自分から切り込むことはせず、相手の動きに意識を集中させる。
そもそも『見習い騎士』である優斗は、自分から攻撃することに向いていない。『見習い騎士』の〈騎士〉スキルは、敵の攻撃を弾き、誰かを守ることに特化したものだ。自分より強い魔物を倒すことはできないが、自分より強大なものから誰かを守ることはできる。
後ろで倒れている舞穂に、一瞬だけ視線を向ける。
傷ついて動くことができない少女。それを庇うように剣を握りしめる。敵に攻撃が自然と集中してくる。そんな状況こそ、優斗の能力が最大限に発揮できる状況だった。
「……ッ!」
鈍い音がして、ゴブリン・ロードの攻撃を剣で止めた。
丸太のように太い腕を、振り下ろされる動きに合わせて受け流す。そして、その返しの一撃で。ゴブリン・ロードへと鋭く切りかかる。肌と同じ緑色の血が噴き出た。だが、決定的な攻撃にはなりえない。
優斗は背後にいる少女を庇いながら、ゴブリン・ロードの猛攻を凌ぎ続ける。力任せに薙ぎ払い、雄たけびを上げながら掴みかかってくる巨体の魔物。だが、その全てを弾き、受け流して、すれ違いざまに一太刀を浴びせる。時間が経つにつれて、ゴブリン・ロードの体は、全身が傷だらけになっていた。もし、優斗がもっとマシな武器を持っていたら、既に勝負はついていたほどに。
「オオオオオオォォ!!」
ゴブリン・ロードが怒声を上げる。
それにビビったのは、子分のゴブリンたちだった。それまで傍観者に徹していた子分たちが、親分の一声に動き始める。のそり、のそりと優斗と舞穂のことを囲い始めた。一対一では分が悪いと判断したのだろう。ゴブリン・ロードは明らかに疲弊している顔で、ニヤリと笑う。
「おいおい、ガチンコじゃ勝てないからって、子分たちに助けを求めるってか?」
そんな光景を前にしても、優斗は皮肉な笑みを浮かべる。
「情けない連中だな。ちょっとは雨宮を見習えよ。お前らみたいな汚物を相手に、たった一人でも戦おうとしたんだぜ」
それはきっと、とても勇気のある行動だ。
ここに駆けつけたときには察していた。大勢のゴブリンたちを前にして、恐怖に震えながらも、立ち向かっていたことを。こんなにも強い女の子だとは思わなかった。だったら―
「なぁ、雨宮。まだ戦えるか?」
「え」
「正直、俺だけじゃ手に余る。雨宮、まだやれるか?」
「……うん」
「よし。俺がしばらく時間を稼ぐ。その間に、お前の最大魔法を詠唱してくれ」
雨宮が驚いた表情で、優斗のことを見上げてくる。
不安そうな彼女の視線に、優斗は安心させるように肩をすくめる。失敗しても構わない。今やれることをやろうぜ。そんなことを舞穂に伝える。
「……頼むぜ、雨宮」
「……うん。岸野君も、気をつけて」
舞穂が魔法使いの杖を手に立ち上がったのを見て、優斗も改めて剣を構える。
〈騎士〉スキルは、誰かも守るためのものだ。それは何も一対一に限ったことではない。いつ、どこだって、誰かを傷つけるのは集団だ。そして、被害者はいつも孤立している。そんな誰かを守るためのスキルが、多人数相手に発動しないはずがない。
「……来いよ」
意識を集中させて〈騎士〉スキルを発動。
視界が広がり、相手の息遣いも鮮明にわかる。どのタイミングで攻撃をしてくるのか。それは、もはや未来予測に近いものがあった。大勢のゴブリンを相手にしても、彼らの襲撃を丁寧に捌き、弾き返して、隙が生じた瞬間に反撃の一撃を加える。カウンター特化の戦い方。それが『見習い騎士』のスキルであった。
「……おらおら、どうした!? 子分たちが頑張っているのに、親分であるお前は高みの見物か? そんなに負けることが怖いのかよ?」
にやっ、と普段にはない挑戦的な顔を浮かべる。
ロングソードの剣先で差した先には、わずかに動揺しているゴブリン・ロードの姿があった。集団で襲っている子分たちの攻撃を、たった一人の人間が全てを捌いていることに。薄々ながら、その不気味さを感じ取っていた。
だが、それでも群れのボス。
ここで子分たちに失態を見せたら、追い出されるのは自分だ。そんな焦りもあって、ゴブリン・ロードが再び襲い掛かる。邪魔だというように、子分たちを薙ぎ払って、優斗に向かって最大の一撃を叩き込む、が―
「なんだ、どうした? そこにハエでもいたのかよ?」
地面が陥没するほどの馬鹿力。焦りに呼吸を乱して、苛立ちをぶつけるような浅はかな一撃。その攻撃を完全に見切り、無防備になったゴブリン・ロードに。優斗が肩の力を抜いた状態で、その鼻先に剣を向ける。
……勝てない。
この瞬間、ゴブリン・ロードは察した。
遅すぎたくらいだった。対峙した瞬間にはわかっていたはずだった。何度も攻撃を受け流されているときに知るべきだった。この男の実力に。誰かを守ると決めた、この男の覚悟に。少女に危害を加えようとしたときの、この男の顔つきに。
醜悪な魔物たちは、推し量るべきだった。
そして、彼らの最大の誤算は―
「……さぁ、冥途の土産だ。これがお前たちが嘲笑った女の本気だぜ。地獄の閻魔様の前で、たっぷりと懺悔するんだな」
優斗がせせら笑う。
その後ろのいる少女に、ゴブリンたちの視線が集まっていた。
今まで、どうして気がつかなかったのか。目の前の男に集中するあまり、視界にすら入っていなかった。彼女の足元に輝く魔法陣は、それまでのものに比べて、何倍も巨大で。背筋がぞっとするほど冷酷に輝いていた。
「……冷たい世界。終焉の時。人の命は潰えて、全ての生命は棺に眠る。己の生に何の意味もなかったと悟れ。嘆け、叫べ、恨め、憎しめ。こんなはずではなかったと、最後の瞬間まで後悔しろ。廻る、廻る。全ては氷の棺に、静寂の楽園で。……そして、全てを殺そう。〈アイシクル・エデン〉」
魔法陣から魔力が噴出する。
彼女のローブが激しく波立って、ふわりとスカートも浮き上がる。癖のあるショートカットが潮風に靡くように荒れて、彼女の表情も露わになる。
その迷いのない瞳を見た瞬間。
突然の猛吹雪に視界が覆われて、遺跡にいた全てのものが彼女の魔法によって凍りついていく。魔物たちは悲鳴すら上げることもできなかった。自分たちに襲い掛かる極大魔法に、思考さえ停止して凍りつく。やがて、吹雪が収まって、視界が晴れたときに見えたのは。氷像となって死んでいるゴブリンたちの姿と。
逃げようと恐怖に顔を引きつらせているゴブリン・ロードが、見るも無残な姿だった。そんな魔物へと岸野優斗は、静かに歩いていく。
「……俺はな。何があっても雨宮のことを守るって決めたんだ。もう後悔はしない。例え、誰かを敵に回すことになっても、何を犠牲にしても―」
絶対に彼女には聞こえないような小さな声で呟く。
そして、無言のままゴブリン・ロードの氷像を砕いた。
優斗は感情のない表情で、とても冷たい目をしていた。誰にも聞こえない言葉は、氷塵と共に消えていく。
……今度こそ、雨宮舞穂を。
……救ってみせる。
18時頃に、次話更新します。