最終話「その二人が、恋に落ちるまで。」
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『塔』の攻略情報。
まず、それぞれの階層に主であるボスが存在する。それを倒さないと、次の階層に進むことができない。階層の主は五体。それを全て倒せば、元の世界に戻ることができる。
その内容に、新たな事実が書き加えられることになる。
まず、階層の主に殺された人物は、その主を倒せば生き返る。その戦闘で負った怪我も治る。つまり、相打ち覚悟の攻撃が有効となるが、そのリスクは大きいことはいうまでもない。今回は生き返ったが、何度も無事でいられるかは分からないのだから。
そんなことを頭の中に書き込みながら、朔太郎はノンアルコールの炭酸ビールを飲み干す。ぷぱーっ、という独特の苦みに、炭酸の爽快感が心地よい。いや、もっともの大きな要因は、目標としていた第一階層を攻略したことにあるだろう。達成感こそ人の生きる意味だ。
「おい、五郎! お前も、今日くらいは料理をやめて一緒に食おうぜ!」
「うまい! この肉料理、めちゃくちゃ美味いなっ!」
「はーはっはは! だったら、この僕が調合した怪しい香辛料をかけるといい。まさに天国に昇る気持ちになるだろう」
「おい、薬師寺! このアホ錬金術師を縄で縛ってくれ!」
「あははー、楽しいなー。師父と一緒に居酒屋にいったときのことを思い出すよー」
「影谷君も食べてる? あーん、する?」
「い、いいよ!? 自分で食べられるから!」
いつもの寂れた小さな酒場。
今夜は貸し切りだ。夜になって仲間たちが集まり、そのまま宴会のような空気が出来つつあった。その場にいた全員が、笑い、騒ぎ、メシを食って、炭酸飲料で飲み干す。その中心には、なぜか男子のクラス委員長の葛山宗正が笑っていた。
『拳法使い』の猫は、取り皿に料理をよそって。
『錬金術師』の東野学は、縄で縛りつけられて。
『薬師』の薬師寺良子は、その隣で上品に食事を食べている。
『大盾剣士』の楯守理子は、普段にはない母性溢れる表情で。
『罠師』の影谷暗雄の口へと、料理を運ぼうとする。
『治癒術師』の白麻いのりは、厨房に入っていき。
『料理人』の満腹五郎を、仲間たちの輪の中へと引っ張り出す。
そんな光景を、少し離れたカウンター席から。冒険者である、……いや『欺瞞師』である雁朔太郎が眺めている。その思考の半分はこれからのことに向けられているが、残りの半分は今の幸せを嚙みしめていた。
「サクちゃん。食べてる?」
「ん? あぁ」
猫は料理がのった取り皿を、朔太郎の前に並べていく。
クラスで一番背の低いチャイナドレスの女の子。彼女を見ていると、なぜか思考が揺らぐ。あの戦いで、ようやく知ることができた、自分の大切な人。そんな彼女が隣にいることが、何よりも嬉しい。幸せに思う。
そんなことは顔には出さずに、朔太郎は猫にきく。
「あれ? そういえば、優斗たちは?」
「うん? そうだねー」
朔太郎の問いに、猫が意味深な笑みを浮かべる。
そして、優しい目で酒場を外へと視線を向ける。その目に誘われて、視線を辿っていくと。……酒場の外のテラスに寄りかかって、並んでいる二人の姿があった。こちらに背中を向けているので表情はわからない。それでも、今までにはない親密さを感じた。ようやく本音を打ち明けられた二人に。それを隔てるものは何もない。優斗と舞穂には、穏やかな時間が流れていた。
「じゃあ仕方ねぇ。おい、猫。行くぞ」
「行くって、どこにー」
「決まっているだろう」
そう言って、にやりと朔太郎は笑う。
「あいつらの邪魔をしに行くんだよ。こんな場でしんみりとしやがって。まったくけしからん奴らだ」
朔太郎は猫が持ってきてくれた料理の皿を手に、酒場の外のテラスへと向かう。背中から優斗のことを蹴り飛ばして、無理やりにでも酒場の中に引きずり込んでいく。猫も舞穂の背中を押して、仲間たちがいる場所へとつれていく。
彼らの夜は、まだまだこれからだった。
―――了―――
……
……、……
「ちくしょーっ、やってやれるかーっ!?」
それが最初の言葉だった。
この異世界で目を覚まして、元の世界に帰るために『塔』の攻略をしている攻略組。放課後の騎士団。そのリーダーである雁朔太郎が。
半狂乱になりながら頭をかきむしっている。
彼の仲間たちも、死んだような目つきで『塔』を見上げていた。
あれから、月日は流れて。
この異世界で目を覚まして、すでに六か月が経過していた。その間も『塔』に挑み続けて、攻略を進めようとするが。
未だに、第一階層から攻略が進んでいなかった……
↪︎ to be continued…
…ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
自分なりに全力を尽くした作品になったか思います。本気で何かに取り組むこと。それは自身も傷つくことと同じ。誰も見てくれないかもしれない。誰にも共感してもらえないかもしれない。そんな不安に押し潰されながら、コツコツと作品を綴ってきました。
この物語の先を描くのか、今の自分にはわかりません。すぐに取り掛かるか、違う物語を書き進めるか。また、お目にかかれたら幸いです。ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました。




