第52話「ラストアタック」
「おらぁぁぁぁっ!」
仮面をつけた朔太郎が、巨人に猛攻を仕掛ける。
手にしたショートソード。そこから生み出される獄炎の大剣が、階層の主を追い詰めていく。見習い騎士によって疲弊させられて、罠師によって動きを封じられて、錬金術師によってダメージを蓄積させられて。その細い繋がりを辿るようにして、朔太郎が追い込んでいく。
もう、嘘偽りのない。
最後の切り札。
死力を尽くすための力。
「ぐっ、くそぉぉぉぉっ!?」
巨人の攻撃をモロに受ける。魔法剣で受け止めたとはいえ、その衝撃は尋常ではない。だが、彼は止まらない。血を吐きながら叫び、息を継ぐ間もなく攻撃を仕掛ける。炎の魔法剣で膝を斬りつけ、姿勢を崩れたところに頭上へと飛び掛かる。そのまま、巨人の頭部へと突き立てた。
朔太郎の叫び声が聞こえる。
それと同時に、巨人の頭部が燃え上がる。突き立てたショートソードから獄炎が噴き出して、巨人の口と目から炎が漏れる。
「――、――」
巨人が怒りの声を上げる。
頭部を焼かれ、おそらく脳すら焼却されているというのに。階層の主は倒れない。やはり生物の域を超えている。こいつは、何かの概念が形になったものだ。
「くっ!?」
ピキンッ、とショートソードにヒビが入る。
薬師寺が焚いてくれた煙幕が晴れていた。仲間たちの視線が自分に集まる。偽物の自分が暴かれて、振るっていたスキルも効力を失う。
そして、ショートソードと一緒に。
彼がつけていた白い仮面が砕けた。朔太郎から〈贋作・魔法剣〉の職業スキルは永遠に失われた。だが、そんなことはどうでもいい。
この場、この瞬間。
目の前の巨人を殺すことができれば。
「猫っ!」
朔太郎は巨人から飛び降りながら、相棒に声をかける。
巨人には確実にダメージが蓄積されている。
あと、一歩。
あと、一息なんだ。
あと少しで、こいつを確実に殺すことができるんだ。
朔太郎は地面に着地するのと同時に、背後にいた巨人が大きく態勢を崩した。猫が攻撃を仕掛けているところだった。最初の時とは違う。疲弊した巨人を相手に、小さな『拳法使い』が着実に弱点をついていく。
だが、足りない。
あと、一歩足りない。
もう一撃あれば、こいつを屠れる。猫が押さえ込んでいる隙に、朔太郎は走り出す。向かう先は。
小さな『魔法使い』。
雨宮舞穂だ。
瞳に生気を失った目で、部屋の隅で座っている。その手には、男の片腕が抱かれている。岸野優斗の腕だ。たぶん、もう体温など残っていないだろう。それでも愛おしそうに、自分の頬に当てている。とても幸せそうな顔だった。
心が痛む。
そんな幸せな彼女に、嘘をついてまで戦わせなくてはいけないなんて。
「……はぁ、はぁ。……雨宮、聞こえるか?」
朔太郎は膝をついて、舞穂と視線を合わせる。
彼女の視界に朔太郎は入っていない。
認識されていない。自分には必要のない人間として思われている。
それでは困る。
朔太郎は雨宮の肩に触れようとして、……止めた。これから酷い嘘をつくのだ。人として最悪の行為だ。
「雨宮。頼む。俺の話を聞いてくれ」
「……」
「あの巨人を倒すために、お前の力が必要だ。手を貸してくれ」
「……」
やはり、ダメか。
この少女には、誰の声も届かない。唯一、心を開いていた岸野優斗は、もういない。だが、彼の言葉であれば。
それが、例え嘘でも―
「雨宮。聞いてくれ。優斗から伝言があるんだ」
「……優斗、君の?」
舞穂の瞳に、わずかに光が戻る。
頬についた血は、まだ乾いておらず生臭い。
「そうだ、優斗からだ。もし俺の身に何かあったら、あの巨人に最大の魔法をブチかましてくれって」
「……それ、ほんと?」
「あぁ。本当だ」
嘘である。
優斗がそんなことを言うはずがない。
それでも今は、この嘘に賭けるしかないんだ。
「……わかった」
『魔法使い』の少女は立ち上がる。癖のあるショートカットがわずかに揺れる。右手に魔法使いの杖。左手に優斗の右腕。瞳には光彩を失ったまま、彼女は詠唱を始める。
魔法を行使するために必要な円形の幾何学模様。
魔法陣。
それが少女の足元に展開されている。これまでに見たことのないほどの輝き。ぶつぶつと小さな声で、最大魔法の準備に取り掛かっている。
たぶん、彼女も気がついている。
朔太郎が嘘をついていることを。その嘘に気がつきながらも、騙されたフリをしてくれている。その証拠に、彼女の左手に握っているものが、わずかに震えていた。
「……ありがとう」
朔太郎は小さな声で言うと。
再び、巨人に向かい合う。
度重なる攻撃に疲弊した階層の主。猫もそのスピードで翻弄しているが、そろそろ限界だ。
朔太郎が仲間たちへと振り返る。
そして、最後の号令をかけた。
突撃。
満身創痍の仲間たちにむけた、リーダーにあるまじき命令。それでも彼らは最後の力を振り絞って、巨人へと立ち向かっていく。ここで立ち止まったら後がない。それは全員が理解していた。影谷は負傷した手で最後のワイヤートラップを発動させて、東野が手袋に仕込んでいた試作爆薬をつけて走り、楯守は護身用のレイピアを手に距離を詰めて、薬師寺が目くらましの煙幕を効率的に焚き続ける。
みんな、ボロボロだった。
みんな、傷だらけだった。
それでも。
それでも。ただ、ひたす勝利を信じて。
愚直に、心を震わせて、真っすぐに突き進む。
「……『欺瞞師』スキルを発動。〈贋作・竜を墜とす三又槍〉っ!」
朔太郎は片手を顔に当てて、職業スキルを発動。本来なら『竜騎兵』が使用できるスキル。それを朔太郎は、偽物のスキルとして発動させる。素顔を真っ白な仮面で覆って、巨人へと疾駆ッ。
その手には、金色に輝く三又槍が握られていたー




