表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/56

第52話「ラストアタック」


「おらぁぁぁぁっ!」


 仮面をつけた朔太郎が、巨人に猛攻を仕掛ける。

 手にしたショートソード。そこから生み出される獄炎の大剣が、階層の主を追い詰めていく。見習い騎士によって疲弊させられて、罠師によって動きを封じられて、錬金術師によってダメージを蓄積させられて。その細い繋がりを辿るようにして、朔太郎が追い込んでいく。


 もう、嘘偽りのない。

 最後の切り札。

 死力を尽くすための力。


「ぐっ、くそぉぉぉぉっ!?」


 巨人の攻撃をモロに受ける。魔法剣で受け止めたとはいえ、その衝撃は尋常ではない。だが、彼は止まらない。血を吐きながら叫び、息を継ぐ間もなく攻撃を仕掛ける。炎の魔法剣で膝を斬りつけ、姿勢を崩れたところに頭上へと飛び掛かる。そのまま、巨人の頭部へと突き立てた。


 朔太郎の叫び声が聞こえる。

 それと同時に、巨人の頭部が燃え上がる。突き立てたショートソードから獄炎が噴き出して、巨人の口と目から炎が漏れる。


「――、――」


 巨人が怒りの声を上げる。

 頭部を焼かれ、おそらく脳すら焼却されているというのに。階層の主は倒れない。やはり生物の域を超えている。こいつは、何かの概念が形になったものだ。


「くっ!?」


 ピキンッ、とショートソードにヒビが入る。

 薬師寺が焚いてくれた煙幕が晴れていた。仲間たちの視線が自分に集まる。偽物の自分が暴かれて、振るっていたスキルも効力を失う。


 そして、ショートソードと一緒に。

 彼がつけていた白い仮面が砕けた。朔太郎から〈贋作・魔法剣〉の職業(ジョブ)スキルは永遠に失われた。だが、そんなことはどうでもいい。


 この場、この瞬間。

 目の前の巨人くそったれを殺すことができれば。


マオっ!」


 朔太郎は巨人から飛び降りながら、相棒に声をかける。

 巨人には確実にダメージが蓄積されている。

 あと、一歩。

 あと、一息なんだ。

 あと少しで、こいつを確実に殺すことができるんだ。


 朔太郎は地面に着地するのと同時に、背後にいた巨人が大きく態勢を崩した。マオが攻撃を仕掛けているところだった。最初の時とは違う。疲弊した巨人を相手に、小さな『拳法使いクンフー』が着実に弱点をついていく。


 だが、足りない。

 あと、一歩足りない。

 もう一撃あれば、こいつを屠れる。マオが押さえ込んでいる隙に、朔太郎は走り出す。向かう先は。


 小さな『魔法使い』。

 雨宮舞穂だ。


 瞳に生気を失った目で、部屋の隅で座っている。その手には、男の片腕が抱かれている。岸野優斗の腕だ。たぶん、もう体温など残っていないだろう。それでも愛おしそうに、自分の頬に当てている。とても幸せそうな顔だった。


 心が痛む。

 そんな幸せな彼女に、嘘をついてまで戦わせなくてはいけないなんて。


「……はぁ、はぁ。……雨宮、聞こえるか?」


 朔太郎は膝をついて、舞穂と視線を合わせる。

 彼女の視界に朔太郎は入っていない。

 認識されていない。自分には必要のない人間として思われている。

 それでは困る。

 朔太郎は雨宮の肩に触れようとして、……止めた。これから酷い嘘をつくのだ。人として最悪の行為だ。


「雨宮。頼む。俺の話を聞いてくれ」


「……」


「あの巨人を倒すために、お前の力が必要だ。手を貸してくれ」


「……」


 やはり、ダメか。

 この少女には、誰の声も届かない。唯一、心を開いていた岸野優斗は、もういない。だが、彼の言葉であれば。

 それが、例え嘘でも―


「雨宮。聞いてくれ。優斗から伝言があるんだ」


「……優斗、君の?」


 舞穂の瞳に、わずかに光が戻る。

 頬についた血は、まだ乾いておらず生臭い。


「そうだ、優斗からだ。もし俺の身に何かあったら、あの巨人に最大の魔法をブチかましてくれって」


「……それ、ほんと?」


「あぁ。本当だ」


 嘘である。

 優斗がそんなことを言うはずがない。

 それでも今は、この嘘に賭けるしかないんだ。


「……わかった」


『魔法使い』の少女は立ち上がる。癖のあるショートカットがわずかに揺れる。右手に魔法使いの杖。左手に優斗の右腕。瞳には光彩を失ったまま、彼女は詠唱を始める。


 魔法を行使するために必要な円形の幾何学模様。

 魔法陣。

 それが少女の足元に展開されている。これまでに見たことのないほどの輝き。ぶつぶつと小さな声で、最大魔法の準備に取り掛かっている。


 たぶん、彼女も気がついている。

 朔太郎が嘘をついていることを。その嘘に気がつきながらも、騙されたフリをしてくれている。その証拠に、彼女の左手に握っているものが、わずかに震えていた。


「……ありがとう」


 朔太郎は小さな声で言うと。

 再び、巨人に向かい合う。

 度重なる攻撃に疲弊した階層の主。マオもそのスピードで翻弄しているが、そろそろ限界だ。


 朔太郎が仲間たちへと振り返る。

 そして、最後の号令をかけた。


 突撃。


 満身創痍の仲間たちにむけた、リーダーにあるまじき命令。それでも彼らは最後の力を振り絞って、巨人へと立ち向かっていく。ここで立ち止まったら後がない。それは全員が理解していた。影谷は負傷した手で最後のワイヤートラップを発動させて、東野が手袋に仕込んでいた試作爆薬をつけて走り、楯守は護身用のレイピアを手に距離を詰めて、薬師寺が目くらましの煙幕を効率的に焚き続ける。


 みんな、ボロボロだった。

 みんな、傷だらけだった。


 それでも。

 それでも。ただ、ひたす勝利を信じて。

 愚直に、心を震わせて、真っすぐに突き進む。


「……『欺瞞師ジョーカー』スキルを発動。〈贋作・竜を墜とす三又槍〉っ!」


 朔太郎は片手を顔に当てて、職業ジョブスキルを発動。本来なら『竜騎兵ドラグラナー』が使用できるスキル。それを朔太郎は、偽物のスキルとして発動させる。素顔を真っ白な仮面で覆って、巨人へと疾駆ッ。


 その手には、金色に輝く三又槍が握られていたー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ