第51話「贋作」
雁朔太郎とは、嘘つきである。
贋作・太郎。偽物のための人間。それこそが彼の父親がつけた名前の由来であった。
嘘をついてでも偽物を本物と言い張る虚言師。朔太郎の父親は骨董品のバイヤーであった。それが偽物であるとわかっていても、本物と言い切って高値で取引をする。その手口は詐欺師と紙一重である。
その血筋は、一人息子である彼にも伝わっている。
欺瞞。朔太郎は嘘が得意だった。
正確に言えば、相手が求めている嘘をつくのが得意だった。
現実は求めるものばかりではなく、見たくもないもので溢れている。朔太郎は、そんな人が見たくないものを敏感に察知して、その人にとって心地よい言葉をついてきた。それが、彼の処世術だった。
唯一、それが通用しなかったのが、李・猫々という台湾出身の女の子だった。
彼女と一緒にいるのは心地よかった。
嘘をついても簡単に見抜かれてしまうため、本当の自分でいることができた。そして彼女も、そんな自分のことを受け入れているフシがあった。それは朔太郎にとって恐怖だった。もし、猫という女の子を愛してしまったら、自分は彼女なしに生きてはいけなくなってしまう。そんな危惧が常にあった。
特別なものをひとつでも抱えたら。
人は、嘘をつけなくなる。
「……悪いな、猫。最後まで付き合わせて」
「……いいよ」
彼女がヒマワリのような笑みを浮かべる。
もう、二度と見ることができないと思うと、少しだけ寂しい。
朔太郎は振り返る。そこには傷ついた仲間たち。大盾を壊された楯守、指を負傷した影谷、怯えながら治療している白麻。
「後のことは、任せたぜ」
疲弊している彼らに、朔太郎は親指を立てる。
何のことだが直ぐには理解できなかった。だが、彼の言っていることの意味がわかって、慌てて引き留めようとする。
だが、遅い。
三ヵ月前に固めるべきだった決意を、今再び。
「……ッ!」
朔太郎は走り出す。
煙幕を焚いていた薬師寺に向かって「もっと煙幕を立てろ」と叫びながら。その巨人へと立ち向かっていく。もう、東野も限界だ。手持ちの爆薬を使い果たしている。
……切らせるものか。
……優斗が生み出した好機を、仲間たちが繋いでくれた死戦を、あんな奴に断ち切らせたたまるかっ!?
「薬師寺っ! もっとだ! もっと煙幕を焚け!」
朔太郎が叫びながらショートソードを抜く。
火のついた乾燥ハーブが、真っ黒な煙となって。部屋中を覆っていく。巨人も朔太郎たちを見失い、半狂乱になって探している。
これでいい。
誰かに見られたら、俺の本当の〈スキル〉は発動しない。
雁朔太郎の『職業』は冒険者である。
否。
嘘である。
朔太郎の職業は冒険者などではなかった。それは仲間たちに隠してきた偽りの職業。彼の本当の職業は別にあった。それは誰にも知られてはいけない。誰かに見られたら、その職業スキルを失ってしまう。そういうものだった。
特異型の職業スキル。
30人いるクラスメイトの中でも、二人しかいない特異型の職業形態。朔太郎の場合、誰かに見られるたびに、その能力を失ってしまうものだった。
だから、仲間であっても秘密にしていて。
ずっと、嘘をついてきた。
「……だが、それも今日までだけどな」
朔太郎は猫に指で合図して、別行動をとる。
そして、真っ黒な煙幕の中に飛び込んで。
……片手で、顔を覆いつくした。
「嘘は幻影。虚言は朧月。見えているものは真実なれど、見えざるものは虚像の塔なり。我は嘘をつくもの。贋作の力をもって敵を討つ。来たれ、紛い物の剣よ!」
朔太郎の顔が、仮面で覆われていく。
真っ白な仮面に、黒い刺青が走っている。細く抜かれた視界から、彼の真なる感情が垣間見える。
「――、――」
巨人が朔太郎に気がつく。
そして、手に持った棍棒を彼に向かって振り下ろした。
だが、それよりも疾く。
朔太郎の手にした剣から、真っ赤な火炎が噴き出して。巨人を炎の剣で斬り抜けていた。
「……『欺瞞師』のスキル。〈贋作・魔法剣〉ッ!!」
仮面をつけた朔太郎が呟く。
その背後には、地獄の業火で焼かれている巨人の姿があった。
『欺瞞師』。
そのスキルの発動条件は、自分の嘘がバレないこと。偽りの職業スキルを使っているところを、誰かに見られてしまったら。その時に発動したスキルは解除され、もう二度と使用することはできない。
雁朔太郎が発動したスキルは〈贋作・魔法剣〉。
本来なら『魔法剣士』という職業が使用するスキル。その能力は、手にした剣に魔法の力を宿すことができる。巨人を討伐して、ドラゴンすら撃ち落とす。その強力なスキルを、朔太郎は『欺瞞師』として発動させた。
……贋作のスキルとして。




