第49話『見習い騎士と魔法使い、の真実」
イジメの首謀者の一人が逮捕された。
ガラの悪い連中と一緒になって、他校の女子生徒を誘拐。そのままホテルで暴行したことがバレて、警察に通報された。そのイジメの首謀者は停学処分。家庭裁判所に送致されて保護観察処分が言い渡された。一時間という短い裁判で、その男の人生は終わった。
やがて、その男の一件から。学校内での素行が明るみになっていった。クラスのイジメの実態。担任教師による放置。学校側の対応。誰もが見て見ぬフリをしていたものに、真っ当な大人たちによって第三者委員会が設置されて。クラスの闇が次々に明らかとなる。若い教師たちの証言、近所の大人たちからの目撃情報。イジメの実態などとうに掴めていたはずなのに、学校側は何もしようとしなかった。校長は黙秘を続けて、担任教師からはもうすぐ卒業だから、とボソボソと視線を合わそうとせず説明をされた。
他人は信用してはいけない。
自分以外は、みんな『敵』だ。
心を許してはいけない。
本音を喋ってはいけない。
常に警戒をして、疑え。
信じるな。
期待するな。
どうせ誰も助けてくれない。
鬱屈とした感情が自分の中で積みあがっていって、生きていることすら嫌気が差してくる。高校に進学して、自分をイジメていた奴らが同じクラスになっても、もうどうでもよかった。
死にたい。
死にたい、死にたい。
死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい―
誰にも自分の気持ちを話せず、自分の中に引きこもって、他人との距離を取り。全てのことに絶望して、何をやっているんだろうという虚無感に溺れながら、日々を過ごした。
そして、夏休みの最後の日。
この異世界で目を覚まして。生きていく方法も、生きる理由も見つからないまま、人通りのない廃屋に寄りかかっていた。もう何日も食事をしていない。意識が朦朧して、目を覚ます度に、まだ死ねてなかったことが少し残念だった。やがて、指先にも体温が感じられなくなって、ようやく終わりが来たと思ったら。
……その男が、私の目の前に現れた。
「許さない。お前が死ぬまで、絶対に許さないっ!」
最初に彼にいった言葉が、それだった。
見知らぬ宿屋で介抱されて、衰弱して動かない体を綺麗にしてもらって、久しぶりの食事を嘔吐しながら食べて。私は、その男にこれまでの恨みや怒りをぶちまけた。その男は、同じ中学校のクラスメイトだった。私がイジメを受けていることを知って、見て見ぬフリをしながら、逃げるように教室から出ていった男子。別に彼だけが悪いわけじゃない。最も悪いのは直接イジメをしていた連中だし、他のクラスメイトたちも皆が関わらないようにしていた。彼も傍観者の一人であっただけ。
それでも。
私は。
この男に自分の感情を吐き出し続けた。どうして助けてくれなかったのか。どうして見て見ぬフリをしたのか。どうして今になってこんなことをしているのか。恨み事を叫びながら、空になった食器を彼に投げつける。怒って、叫んで、泣いて。そして泣き疲れたら眠って。そんなことを数日間もずっと続けていた。
宿屋の人から、うるさいと文句があったらしい。
その苦情に対しても、彼は誠実に頭を下げ続けた。「すみません。でも、今度こそ彼女を助けなくてはいけないんです!」そう言って謝っている姿を、私は寝たふりをして見なかったことにした。
やがて、涙が枯れた頃。
私と彼は宿屋から追い出された。
後から聞いた話だと、彼は借金までして宿の部屋を借りていたらしい。どうして、そこまでするのか。私の激流のような感情を受け止めて、話を聞いてくれて、最後には慰めるまでしてくれた。私の心の荒波は、いつしか穏やかなものになっていた。誰かに話を聞いてもらえるだけで、こんなにも気持ちが楽になるのか。誰かが傍に入れくれるだけで、こんなにも感情が落ち着くものなのか。
宿屋を追い出された日。
私は、彼の手を握った。ゴツゴツとした男の子の手だった。
あれから今日まで、必死に生きてきた。お金がないから野宿をして、依頼で稼いだお金で安いパンを買って、それを二人して早食い競争のように貪って。人通りの少ない場所に古民家を借りるころには、彼の隣だけが私の居場所だった。
おはようから、おやすみまで。
彼の隣で、怒って、泣いて、笑って。そんな日常が、私の心を癒していった。彼の穏やかな表情や、皮肉めいた言い回しさえ、私にとっては宝物だった。心を許せる誰かといられることが、こんなにも幸せだったなんて。この異世界に来るまでは考えたことがなかった。
それでも、時々、思い出してしまう。
彼に言ってしまった、最初の言葉を。
……許さない。
……お前が死ぬまで、絶対に許さない。
自分で言った言葉だというのに、それが心の棘になって抜けない。
日に日に、彼に対する感情が強くなって。
彼のことを独占したい気持ちになっていても。
私たちの関係は、もう終わっているのだ。
友達にはなれない。
恋人なんて妄想もいいところだ。
彼の胸に抱かれて、思う存分に甘えて、二人だけの穏やかな日常を送ることさえ。
望んではいけない。
彼が、それを望んでいない。
岸野優斗。
私が恨んでいた男。憎んでいた男。怒っていた男。死ぬまで許さないと言った男。
私を助けてくれた男。醜い感情を受け止めてくれた男。心を救ってくれた男。
私に生きる意味を教えてくれた男。一緒にいて幸せに思える男。同じ時間を過ごしたいと思っている男。
私が。
私、雨宮舞穂が。
心の底から。
大好きな、男の子。
「……優斗、君?」
目の前にいる巨人が棍棒を振り降ろして、千切れた肉塊と赤い血液だけになってしまった。足元に転がっている、彼の右腕。ずっと私のことを守ってくれた、血まみれの彼の腕を。
私は膝をついて、指先で触れる。
まだ温かい。
断裂部から、どろりと血が垂れていく。
そんなことすら愛おしいと思いつつ、私は彼の右手に頬ずりをする。頬に血がついて、消えていく体温を名残惜しむように微笑む。
「……優斗君。私はね、優斗君のことが大好きだったんだよ」
儚い笑みを浮かべて。
彼の右手に接吻をする。
嗚呼、なんて。
なんて幸せなことだろうか。
彼と一緒に死ねるなんて、こんなに嬉しいことはない。
地面に膝をつき、薄幸の笑みを浮かべる少女に向けて。
巨人は、血のついた棍棒を振り下ろした―




