第48話「…俺のことは許さなくていいから」
「……ッ!?」
ガツン、と握っている剣から嫌な感触があった。
巨人の攻撃を受け流せず、何とか紙一重で躱すと。優斗は距離を取って、改めて自分の手にした剣を見る。
握っている柄の部分から、刃の先端まで。細かい亀裂がいくつも走っていた。
「(……そういえば、こいつも中古品だったな。やっぱり、ゴブリンロードの報酬で新しいものを買い直しておくべきだったか)」
ふふっ、と優斗が自嘲するように笑う。
やれやれ。
ここまでか。
巨人の容赦のない一撃を、優斗はヒビだらけの剣で待ち構える。呼吸を止め、重心を後ろに、刃先を斜め下から上に向けて、余分な体の力を外に逃がすように、振り落とされる棍棒に刹那のタイミングに合わせて、全力の力を持って振り抜く。
……仲間たちの悲鳴がした。
雪が舞っていた。
キラキラと反射する、無数の雪の欠片。
それは雪ではなかった。
砕け散った優斗の剣が、巨人の一撃に耐え切れず、辺り一面に砕け散ったものだった。
刃を失った、自分の剣。
柄の部分だけが、わずかに原形を留めている。
「(……俺にしては、よくやったよな?)」
砕けた剣を握ったまま、優斗は雨宮舞穂へと振り返る。
背後からは、巨人が棍棒を振り上げている気配がする。
そんなこと、もうどうでもいいかのように。
岸野優斗は、自分が守ってきたクラスメイトの彼女に向かって。寂しそうに笑った。
「なぁ、舞穂。俺のことは許さなくていいからな」
え、と彼女が呟く。
その言葉の真意が何なのか。少女が問いかけようとした瞬間。
巨人の棍棒が、無慈悲に振り下ろされていた。
肉の潰れる音がして。
赤い液体が周囲に飛び散った。
何が起きたのか、誰も直視できなかった。
ただ、一人。
彼の目の前にいた雨宮舞穂だけが、岸野優斗の最後を見ていた。それまで、目の前に立っていたはずの男が。今の瞬間まで自分を守っていた友達でもないクラスメイトが。振り降ろされた巨人の棍棒によって、……肉塊になる瞬間を見ていた。
血生臭い匂いが鼻について、千切れた肉片が散乱している。
ぼたり、と何かが落ちてくる。
血まみれになっている、優斗の右腕だった。
まだ神経だけは生きているのか、指先が痙攣して、そして止まった。
岸野優斗は殺された。
この異世界で殺された。
舞穂の足元には、彼の腕だけが転がっている。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
最初のイジメは、中学の二年生だった。
些細なことだった。ペンケースがなくなっていて、何故か教室の後ろで見つかった。どうして、こんなところにあったのか。不審になって周囲を見てみると、同じクラスの何人かの男女グループが、くすくすと笑っていた。クラスの中でも素行の悪い生徒たちだった。私は彼らと関わりあうのが怖くて、黙って我慢した。
それからだ。
徐々にイジメが悪化していったのは。
夏が終わり、秋になって、冬の気配が近づいてくる頃には。私へのイジメは日常となっていた。奴らは卑劣だった。教師や他の生徒たちがいないときを見計らって、嫌がらせをしてくる。危険なのはトイレだった。授業が始まるまで、トイレの扉を押さえつけられた。誰かに相談しようとしたが、できなかった。チクったら殺すからな。そう言われて、何もできなくなった。親にも相談できなかった。
三年生になった。
クラス替えがあって、イジメは無くなると思った。
それは甘い考えだった。
むしろ、状況は悪くなっていた。去年と同じクラスメイトだった人間がグループを組んで、誰も文句を言えない空気を作っていた。担任の教師すら、あまり関わろうとはしなかった。イジメをするグループの顔ぶれは変わった。だが、イジメはなくならなかった。注意する人間も、止めようとする人間もいない。それが奴らを冗長させた。
給食に虫の死骸をいれられた。
鞄の中には、濡れた雑巾をびしょびしょになっていた。
教科書がなくなることなどしょっちゅうで、探そうとするたびに彼らが面白がるように見ていた。
もう、奴ら自身も。自分を抑えることを考えなくなっていたのだろう。誰にバレても気にならない。そんなことを考えているように、行動も大胆になっていった。自殺してもいいけど、俺らの名前を出すなよ。そんなことさえ、クラスメイトが見ている前で言ってしまえるほどに。
それだけじゃない。
イジメに直接は関わっていないクラスメイト達も。気まずそうな顔をしたまま、私から距離を取った。関わりたくない、というのが本音だったのかもしれない。いつか、同じクラスの男子と目が合った。だが、彼は何か言おうとして、結局、逃げるように教室から出ていった。
春が終わり、夏が終わり、秋が終わる頃。
そして、事件が起きた……




