第46話「The Hatred Tainan (憎悪の巨人)」
地面が砕けて。
怒号が劈く。
目の前に広がっているのは、地獄のような光景。誰もが愕然としながら、諦めの境地へと誘われる。
巨人が吠える。
手にした棍棒を振り上げて、焦点のない瞳が彼らを見下ろしていた。
「――、――!」
誰かが大声を上げた。
朔太郎だった。
普段の彼なら絶対にしないような焦った顔で、仲間たちに指示を出していく。だが、誰の耳にも届いていなかった。圧倒的な恐怖が理性を蝕み、過去の失敗経験が体を硬直させる。
故に、『彼女』がとった行動とは。
誰かに指示されたからという理由ではなく、自分がやらなくてはいけないという責任感からだった。巨大な盾。人間が一人くらいは隠れることができそうな大盾を構えて、仲間たちの最後尾。……巨人に一番近い距離へと駆けていく。
巨人からの攻撃を防ぐ。
それが『大盾剣士』である自分に課せられた役目だ。楯守理子は、自分の体が震えているのを承知で、仲間たちの先頭に立ち。その大盾を構えた。
〈大盾〉スキルを発動。
両手で大盾を構えて、巨人からの攻撃を受け止めようとする。〈大盾〉スキルは、防御に特化したものだ。手にした盾に意識を集中させて、敵からの攻撃を全て受け止める。強固すぎる盾は、逆に攻撃したものに傷を負わせるほど。その強度たるや、すでに城壁と呼べるものだった。攻城兵器にすら耐えうる強度を誇り、これまで魔物たちから自分を、仲間たちを守ってきた、絶対の信頼を寄せる大盾のスキルが。
「――ッ!」
わずか数秒で、粉々に砕けていた。
巨人の一撃を受け止めきれず、楯守が手にしていた盾は無惨にも粉砕していた。衝撃を殺すことができず、先頭に立っていた彼女は仲間たちと共に吹き飛ばされる。楯守理子は気を失っていた。口から血を流していて、仲間の問いかけにも返事がない。
だが、悠長にしている余裕はない。
攻略組の盾役が命を賭して稼いだ時間。
およそ、数秒にも満たないこの時間を有効活用できなければ、彼らに待っているのは死だけだった。
それがわかっていたのは、仲間たちの中で最も背の低い少女であった。
「――、――!」
弓矢が放たれたような疾駆だった。
目で捉えることすら困難。仲間たちが見えたのは、そんな彼女の曳光。自分たちを置き去りにして、……いや、自分たちを守るために蛮勇が如く挑む『拳法使い』の少女。李・猫々が短く息を吐いて、目にも止まらない掌底を放つ。
衝撃で空気が揺れた。
彼女に、いつもの笑みはなかった。
主に命じられた殺戮人形のように、感情の起伏など見せることなく。巨人へと攻撃を仕掛けていく。柔と剛。巨人の棍棒を紙一重で躱して、距離を詰めながら拳を放つ。数多の魔物たちを狩ってきた『拳法使い』の〈拳法〉スキル。彼女の持ち前の技術もあってか、その勢いは止まることはない。
そう信じたかった。
「――っ」
何か、耳障りな音がした。固いものが折れるような、肉が捻じれるような。そして、猫は巨人へと放った掌底の、その自分の腕を見る。
腕が、あらぬ方向に曲がっていた。
生物として、絶対に曲がるなずのない角度。腕に関節がひとつ増えたかのような見た目に、猫が自嘲する。彼女らしくない皮肉な笑みだった。
朔太郎が焦ったように叫ぶ。
彼も、彼らしくない。
本当は好きでもない女が傷ついたところで、彼の感情が揺らぐことはないはずだった。だが、彼は。それが誤った選択であるとわかりながらも、彼女を前線から引かせた。混乱するように『治癒術師』の仲間に治療するように指示を出す。
この時の彼は、リーダー失格であった。
仲間の安全よりも、たった一人の女の子の心配をしてしまっていた。まるで苦痛すら感じていないかのような猫のことを、力強く抱きしめる。
二度目の攻略。
その失敗を、最初に受け入れたのは、……雁朔太郎だった。
「――、――」
巨人が吠える。
明確な悪意を持って、彼らへと襲い掛かる。
こいつらを殺せ。
こいつらを潰せ。
言葉にすらならない怒号が響きわたり、巨人は一番近くにいた魔法使いの少女に目掛けて、醜悪な棍棒を振り下ろした。
地面が砕ける。
怒号が劈く。
目の前に広がっているのは、地獄のような光景。割れた地面に、立ち込める砂埃。その砂埃に紛れて、……その男は薄く笑った。
「おいおい、その汚ねぇ手を引っ込めな。お前が触れていいほど、この女は安くないんだよ」
巨人の棍棒を受け流し。
両手に持ったロングソードを構えながら。
岸野優斗が笑っていたー




