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第45話「『塔』の第一階層。攻略開始!」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 その日は呆れるくらいの快晴だった。


 眩しいほどの青空が、その場に集まった人間の頭上に広がっている。彼らの表情は、それぞれ異なっていた。不安そうな顔をしているもの、無表情のまま感情が読みにくいもの、いつものヒマワリのような笑みを浮かべているもの。その中でも先頭に立っている男、雁朔太郎は自信満々に腕を組んでいた。不敵な笑みを浮かべながら。


「三か月ぶりだな。随分と待たされたもんだぜ」


 朔太郎が見上げる先にあるのは。

 この異世界で目を覚ました時に、すぐ傍に立っていた『塔』だ。


 古代からあるような異様な存在感。

 五階建ての外観どおり、内部は五つの階層でできている。その階層ごとに『階層の主』がいて、その全てを倒すことができたのなら、元の世界に戻ることができる。それは、この異世界で目を覚ましたときに、クラスメイト全員が共通して認識していたことだが。だが、『塔』の前にいるのは九人だけであった。最初の攻略の時と比べると三分の一である。


 その人数で、今再び。

 彼らは『塔』の攻略を再開しようとしていた。


 全員、よく来てくれたな。朔太郎がそう言って、現在の攻略組のメンバーを見渡していく。


『見習い騎士』の岸野優斗。

『魔法使い』の雨宮舞穂。

拳法使いクンフー』のリー猫々マオマオ

錬金術師アルケミスト』の東野学。

薬師メディク』の薬師寺良子。

大盾剣士ディフェンダー』の楯守理子。

罠師トラッパー』の影谷暗雄。

治癒術師ヒーラー』の白麻いのり。


 そして、リーダーである冒険者の雁朔太郎。


 攻略組を率いている男は、常に笑みを浮かべて、余裕のある態度を崩さない。お山の大将はそれくらいでいい。優斗は胸の中で呟く。その代わりに、今日のことについて確認する。


「朔太郎。確認なんだが、本当に無理して戦わなくていいんだな?」


「あぁ。今日から時間をかけて、少しずつ情報を集めていく。攻略の糸口を掴む第一歩だ。何があっても、危険な戦闘は避けるんだ」


 朔太郎は優斗だけでなく、攻略組の全員に向かって言う。

 最初の失敗の時とは、まったく逆の言葉だった。あの時にクラスをまとめていていたのは男子のクラス委員長だった。彼の姿はない。最初の攻略の時に殺さてしまった。


 第一階層の主。

 その外見は『巨人』。体長3メートルくらいの人型の魔物で、全身を毛むくじゃらの体毛で覆われている。とにかく危険なのは、その凶暴性だ。クラスメイト全員にトラウマを刻み込むほどの凶暴な気性には、明確な悪意すら感じた。憎悪。苛立ち。嫌悪。人間が悪意をもって他人を傷つける。それと似たような感覚すらあった。


「巨人は、どのあたりにいるんだ?」


「まぁ、だいたいは部屋の中心に立っているな。たまに背中を向けていたり、奥の壁側に立っていたりもする」


「奴の視界に入らなければ、攻撃されないってのも本当か?」


「あぁ、間違いない。上手くすれば、先制攻撃の奇襲を仕掛けることもできる」


 あまりオススメしないがな、と彼は続ける。

 失敗は許されない。今回の目標は、無事に全員で戻ってくることだ。情報収集でさえ二の次。小さな成功を積み重ねて、攻略組の自信に繋げたい。そんなことを、他のメンバーには聞こえないくらい小声で言った。その内容を受けて、優斗も重々しく頷く。


 優斗と朔太郎が、真剣な表情で話していると。

 それを見た女子たちが、ひそひそと話し出す。


 ……岸野君って、あんな感じでしたっけ? もっと影が薄いというか、パッとしない気がしたのですが。内緒話をしている楯守理子と白麻いのり。そんな彼女たちに、薬師寺良子が答える。きっと色々とあったのですよ。そうやって穏やかに答えると、東野学も神妙な顔で頷く。


 雨宮舞穂は、会話すら聞いていなかった。

 茫然と青空を見上げて、時折、何かを掴もうと手を伸ばしている。


 風が吹いて。

 彼女の指をすり抜けていった。


「さぁ、行こうぜ」


 朔太郎が号令を出して、全員が『塔』の前へと向かっていく。

 巨大な大理石の扉を前に立って、仲間たちを後に続く。そんな時、ふと疑問に思っていたことを口にする。


「……なぁ、朔太郎。そういえば気になっていたんだけど。お前の職業ジョブスキルって、どういうものなんだ?」


「ん? あぁ、それは―」 


 朔太郎がいつものように嘘をついていく。

『塔』の扉は指が触れただけで左右に開いて、外からでは中の様子は見えない。暗闇だけが広がっている。第一階層。巨人のいる間だ。古い石の地面に、かすかに土埃の匂いが鼻につく。前衛職である楯守とマオが先頭を歩き、その後をメンバーたちが慎重についていく。


 勝手に扉が閉まる。

 不気味なほどの静けさだった。

 前回、ここに来たときは、最悪な結果に終わっていた。そんな過去の失敗が、彼らを過剰なまでに緊張させる。頭でわかっていても、体が反応してしまう。


 今すぐ引き返せ、という危険信号を理性で抑えつけて、ゆっくりと前へと向かっていく。


 そして、誰かがそれに気がつく。

 メンバーの一人が足を止めて、声を上げようとする。

 だが、もう遅かった。

 遅すぎた。

 あの時に引き返すべきだった。

 視界に落とされる大きな影。背後から迫る吐息のようなうめき声。誰もが振り返ろうとする。しかし、それすら許されない。


 背後に立っていた巨人が、攻略組へと襲い掛かっていた。

 悲鳴は、なかった―

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