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第44話「攻略前夜。『見習い騎士』と『魔法使い』」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「ねぇ、岸野君。人を呼ぶときに、いつから名前で呼んでもいいの?」


「どうした、突然?」


 キッチンで料理をしている優斗が、リビングのほうに振り返る。 

 ここは優斗と舞穂が暮らしている小さな古民家。リビングもキッチンも手狭で、振り返れば彼女のくつろいでいる姿が目に映る。既に陽が落ちている。照明が古いせいか、どうにも灯りが心もとない。今度、新しいランプの照明を買わないと。……明日、生き残ることができたのなら、だけど。


「岸野君は『あの人』のことを名前で呼んでる。あの人も李さんのことを名前で呼び合っている。じゃあ、いつから。その人のことを名前で呼んでいいの?」


 真剣な目だった。

 瞬きすら許されないほど真剣な表情で、彼女が問う。あの人とは朔太郎のことか。やっぱり舞穂の中では、興味すら持てない存在なのだろう。


 優斗は視線を外す。

 そして、おたまを片手に夕食の仕上げに取り掛かる。今日のメニューはシチューだ。奮発して鶏肉も入っている。これに固い黒パンがつけば、自分たちにしてみれば立派なご馳走だ。


「そうだなぁ。その人と友達になれば、下の名前で呼んでもいいんじゃないか」


「そうなんだ」


 舞穂の感情のない声が背中から聞こえる。



「……じゃあ、私たちは。ずっと名前で呼ぶことができないんだね」



 氷のように冷たかった。

 優斗もまた、無表情のまま答える。



「そうだな。俺たちは友達ではないからな」



 さぁ、夕飯が出来たぞ。と優斗が舞穂の皿にシチューをよそっていく。


「食べようぜ、雨宮」


「うん。岸野君」


 にっこりと舞穂が笑う。

 その笑顔を見るのが辛い。

 彼女のことを名前で呼ぶなんて。そんなこと許されるはずがない。自分のような卑怯者は、そんなことを望んではいけないのだ。


 ごちそうさま、と舞穂が手を合わせる。

 優斗が食器を洗っている間に、彼女は寝間着へと着替えている。どうやら、もう今日は寝るようであった。いつもより早い就寝時間だった。歯を磨いて、寝る支度を整えると、背後で屋根裏のロフトへと続く梯子が軋む音がした。


 明日は別に早起きしなくてもいいからな?


 優斗が声を掛けるが、返事はない。

 一階のリビングからは、布団に潜り込んで、もぞもぞと動いている彼女の気配だけだった。その様子に、少しだけ違和感を覚えるも。優斗も手早く後片付けを終わりにして、部屋の明かりを消そうとする。「あれ? 寝るときのTシャツはどこにいった?」そんなことを思いながら手作りのソファーは、最初は背中が痛くて寝れなかったが、今では何の問題もなく意識を睡魔へと委ねることができる。


 しかし、暗い部屋の中で。

 もぞもぞと動いている姿があった。屋根裏のロフトで、布団の中に潜り込んで、熱っぽい吐息を吐いている。


「……岸野君、岸野君」


 彼女が手にしているのは、一緒に暮らしている彼のTシャツ。ロフトに上がる前に、こっそりと持ってきていた。その服を、自分の鼻に近づけて、ゆっくりと息を吸う。彼の匂いに満たされて、頭の隅まで幸福感で満たされていく。

 もぞもぞ。もぞもぞ。

 彼女は、そのTシャツに顔を埋めて、切ない気持ちを慰める。


「……岸野、優斗君。……優斗君、……優斗君っ」


 やっぱり名前で呼びたい。

 彼からも名前で呼んでもらいたい。

 友達でも、恋人でもない自分たちは、この位置から進むことができず。この想いは行き場を失ったまま。


 運命の翌日を迎えることとなる―

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― 新着の感想 ―
[一言] クンカクンカ
[一言] 舞穂さん、前夜に匂いフェチに。
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