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第43話「攻略前夜。『治癒術師(ヒーラー)』の白麻いのりと、『薬師(メディク)』の薬師寺良子と『錬金術師(アルケミスト)』の東野学」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「誰も死にませんように誰も死にませんように誰も―」


 街の診療所。その奥にある個室を使わせてもらっている、白麻いのりは祈っていた。恐怖に体が震えて、食欲もない。誰かが傷ついたら、それを治すのが『治癒術師ヒーラー』の責任だ。自分が失敗したら、誰かが死ぬかもしれない。そんな責任の追及など耐えられるはずもない。うっ、と気持ち悪くなって、またトイレで吐いた。彼女の不安を受け止めてくれる人間は、まだいない。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「ふふん。さて、どうなるものかね」


「明日のことですか?」


 夕暮れから夜になる間。

 街のハーブ専門店には明かりがついていた。〈本日は閉店しました〉という立て看板を立てた店内には、穏やかな空気が流れていた。そして、そこにはハーブティを楽しむ二人の姿があった。『薬師メディク』の薬師寺良子と『錬金術師アルケミスト』の東野学だ。


「……やっぱり、薬師寺ドクターの淹れてくれる紅茶は美味しいな」


「ふふっ。どうも」


 東野の賞賛を、薬師寺は素直に受け取る。

 彼女もティーカップを傾けて、自分で淹れたハーブティの味を確認する。二人っきりのときは、割と穏やかな才女であった。ただ、その光景を他人に見られるのが恥ずかしくて、人前では嫌がっているそぶりをしてしまう。それは彼女の微細な乙女心だった。


 ティーカップとソーサーが重なる音だけがする。

 誰も、二人の時間を責め立てるものはいない。

 とても穏やかな時間だった。


「……明日のこと、どう思いますか?」


「おや。我がクラスの才女たる薬師寺ドクターまでも、不安だと?」


「そ、そんなことはありません! 私は然るべき危険性を指摘したいだけで―」


 少し揶揄われたような気がして、薬師寺は慌てて反論する。そこまで捲し立てるような口調で話していたが、東野の穏やかな表情を見て。諦めたように肩を落とす。


「……はい。そうですね。不安です」


「うむ。薬師寺ドクターの危惧は当然のことだ。我々は、すでに仲間を一人失っている。彼のことを忘れて、この異世界に順応している我々は、裏切り者と呼ばれても仕方ないからね」


「忘れたわけではありません」


「もちろんだとも。我々は見て見ぬフリをしているわけではない。ただ、今までは現実として受け入れる覚悟がなかっただけのこと」


「詭弁と。そう言われるでしょうね」


「どっちでもいいさ。人の心など、誰にも見ないのだから」


 言わせたい人間には言わせておけばいい。

 自分の口から出た汚い言葉は、そのまま自身の人間性の構築という形で返ってくるものだからね。


「……東野君でも、人の心はわからないのですね」


「なんだい? キミまで、僕のことを何でもできる天才だと勘違いしているのかい?」


「ふふっ、そうかも」


 薬師寺良子が穏やかに微笑む。

 それを直視すると、自分の中の平静が保てなくなると悟り。東野学は惜しみながらも視線を外に向ける。


「……僕にとって。一番の懸案事項なのは、雨宮女史だな」


「雨宮さん?」


 どうしてですか、と問う薬師寺に、東野は冷静な口調で返す。


「気づかなかったかい? あの攻略組のアパートの一室で、ただ一人。彼女だけが別の方角を見ていた。同じ場所にいて、同じ視点を持っていない。つまり、それは―」


 雨宮舞穂だけが、元の世界に帰りたくない。

 そう思っている証拠なのだと。

 彼は言った。


「そうですね。雨宮さんには、元の世界に帰りたいという気持ちはないかもしれません」


「……薬師寺ドクター、教えてほしい。彼女の過去に何があった。僕のような県外受験組には知らないことがあるんじゃないか?」


 その過去を軽率に扱うと。

 取り返しのつかないことになるぞ。

 東野の静かなる追求に、薬師寺は穏やかに返す。


「えぇ。東野君も知っていたほうがいいかもしれませんね。中学生の頃、雨宮さんに何があったのかを」


 とは言っても。違うクラスでしたから噂程度のことしか知りませんが。


 薬師寺は語る。過去の雨宮舞穂に何があったのかを。

 その話を聞いて、東野は。

 顔を歪ませながら、汚い言葉を吐き捨てる。


「……そこまで醜くなれるものなのか。人間というものは」


 東野学は静かに黙り込み、額に手を当てて、何かを口にしようして、やっぱり止める。


 彼は天才ではない。

 だが、優秀な人間であることに変わりなかった。

 すぐに、その事実に気がつくだろうと、薬師寺良子は冷めかけたハーブティを飲みながら待つ。


「……ちょっ、ちょっと待ってくれ! 僕らのクラスには、雨宮女史と同じ中学校の卒業生がいるはずだ。まさか、その中に!」


「慧眼ですね。その通りです。私たちのクラスには、雨宮さんのことをイジメていた側の人間がいるんです」


 いや、あれはイジメというより。法的にも明確な犯罪行為でした。彼らは主犯格に扱われていないだけの共犯者、と呼ぶのが妥当でしょうか。


 薬師寺良子は穏やかな口調のままだった。

 過去のことだ。法的にも決着はついている。感情的になることではない。ただ、今も傷を負ったままの彼女のことを思うと、……何かしてあげられることはないかと考えてしまう。


「最低な人間は、他にもいますよ。雨宮さんの置かれた状況に、見て見ぬフリをして無関係を装った人間が」


「くそっ。いったい、誰なんだい!? その最低な人間は!」


 珍しく口調を荒らげている東野に向けて。

 薬師寺良子は、穏やかにその人物の名前を告げる。


 その瞬間。

 彼の指からティーカップが零れ落ちて、残っていたハーブティーをテーブルに零した。東野学は言葉を失ったまま、苦悶のまま、その疑問を呟く。


 ……どうして。

 ……どうして、彼が。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだってー
[一言] ドクター、知ってしまったのですね。
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