第42話「攻略前夜。罠師(トラッパー)の影谷と、大盾剣士(ディフェンダー)の楯守の場合」
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「明日の準備? 念入りなのね」
「そうだね。『罠師』のスキルは前準備が全てだから」
街から少し離れた渓谷地帯。
その麓にある山小屋の作業台で、影谷は罠の手入れをしながら答える。前髪の長い猫背の少年は、真剣な目で特殊素材のワイヤーに細工している。
そんな姿を、背の高い少女が眺めていた。毛皮のローチェアに腰かけている、『大盾剣士の楯守だ。
あの渓谷での落とし穴の一件以来「ちゃんとご飯食べている?」「差し入れ持ってきたよ」「ねぇねぇ、ちょっと話を聞いてくれない?」とちょくちょく顔を出すようになっていた。その度に部屋を掃除して、洗濯をして、気がついたら彼女の私物が増えていた。楯守が膝にかけているブランケットも、両手に持っているマグカップも、全て彼女自身が持ち込んだものだった。
いつもなら、同じ空間にクール系女子がいることに、家主である影谷が耐えられないのだが。さすがに明日のことを考えると、じっとはしていられない。今日できることは、今日の内に準備しよう。と家に帰ってからずっと作業台に向かっている。
黙々と作業に打ち込む猫背の少年。
そんな彼の後ろ姿を見るのが、楯守は好きだった。
目的に向かって一生懸命に頑張っている。それは自分にはなかったものだ。ちょっとだけ眩しくて、そのわりには私生活は少しだらしなくて。掃除などの手が行き届いていないのも、楯守にとってはポイントが高いものだった。
「(あぁ~、お世話をしたい! 肩とか揉みたい、喉とか乾いていないかな、今日の晩御飯は何が食べたいのかなぁ~!)」
クネクネと彼から見えない位置で体をくねらせている。
今や、影谷少年のお世話をすることが、彼女の生き甲斐となり、日常となりつつあった。そして、雨の日など彼の家に行けないときには、何のやる気も起きないという禁断症状まで出ている。
はぁ~、と色っぽいため息と熱い視線を浴びて。
影谷暗雄は、ぞくぞくっと背筋を凍らせた。
これは、あれだ。
猛禽類や肉食動物に狙われているときの視線と同じだ。自分より大きな体の何かに狙われているときの緊張感に、影谷は何となく嫌な予感がしていた。
「ねぇ、影谷君。晩御飯は何がいい?」
「えっ。そ、そうだね。片手で食べられるものかなぁ」
「お風呂はどうする?」
「うん、明日の朝に入るよ」
「今日、泊っていってもいい?」
「うん、別にいいけど。……はえっ!?」
がたんっ、と彼が作業台から転がり落ちた。
罠の材料が床に散乱する。だけど、そんなことは気にならないほど、彼は動揺していた。今、何て言った? 泊っていく? この小屋に!?
「だ、ダメだよ!? 女の子が、こんな汚い小屋に泊まるなんて!」
「大丈夫よ。掃除は私がしたし」
「いやいやいや! お風呂も外にあるんだよ!?」
「あら。動物以外に誰か覗きに来る人がいるの?」
「あ、あ、あと! ベッドがひとつしかないよ! やっぱり、今からでも街に帰るべきじゃないかな!? まだ夕方だし! うん、それがいい! 僕が送るよ!」
わたわたと慌てながら外出の準備を始める。
そんな姿を見て、楯守はにやにやと嬉しそうに頬を緩める。
「ねぇ? ベッドは、ひとつあればいいんじゃない?」
「へ」
影谷が固まった。
ゆっくりと近づいてくる、楯守理子。長いポニーテールを揺らして、どこか妖艶な笑みが距離を詰めてくる。ぺろりっ、と舌なめずりをした。それは、完全に肉食獣のそれだった。
「あ、ああ―」
顔を真っ赤にさせて、ぷしゅーっと湯気が出るほどオーバーヒートする。
彼女の冷たい指が、彼の頬に触れる。
その瞬間。
「hあおうあおgらぽじゃおばpr―――っ!?」
影谷暗雄の思考は完全にフリーズして。
そのまま、ばたんと気絶した。
遠くから、楯守の悲しそうな悲鳴が聞こえたとか、聞こえないとか―




