第41話「第一階層の攻略前夜。……朔太郎と猫(マオ)の場合」
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「よかったの、あれでー?」
メンバーが解散した攻略組のアパートで、猫が言った。彼女はくつろぐように、両腕をテーブルに投げ出している。依頼がない日でも着ているチャイナドレスからは、白くて細い腕が見えた。作戦会議中も、ずっとヒマワリのような笑顔だった彼女は、今も同じ表情をしている。
その視線の先には、窓の外を見ている朔太郎の姿がいた。
「何のことだ?」
「作戦会議だよー。調子の良いことばっかり言って。逆に、みんなが心配にならないかなー」
「他に、どんな顔で説明しろっていうんだ。明日は誰か死ぬかもしれないけど頑張ろう、ってか?」
朔太郎が振り返る。
そんなこと言えるかよ、と呟く。その表情は、どこまでも真面目であった。
「俺が不安な顔をしてみろ。それだけで、あいつらに余計な心配をさせちまうじゃねぇか。いいんだよ。俺は、ああやって馬鹿みたいに自信があるように振舞っていれば」
「……結局、全部。背負っちゃうんだねー」
「背負うさ。元の世界に帰るためなら、なんだって背負ってやる」
朔太郎は肩をすくめて、もう一度、窓の外を見る。
そこから見える遠くの景色には、あの『塔』も視界に映し出されていた。
元の世界に戻る。
それこそが攻略組の最終目標である。そのリーダーである朔太郎も、元の世界に帰ることを最優先にして―
「サクちゃん」
猫が優しい声で話しかける。
「仲間の皆が、サクちゃんのことを『嘘つき』だって、知っているわけじゃないんだよー。今、すごく無理をしているでしょ」
「……バレたか」
「わかるよー。無駄に威張りちらして。そんなに不安なの?」
猫の問いに。
朔太郎は静かに答える。
「あぁ。怖ぇよ。今までにないくらいにな。あいつらは気がついていないかもしれないが、……これが最後のチャンスなんだ。今回のが失敗したら、もう誰も立ち上がれなくなる」
「だったら、岸野にちゃんと言えばよかったじゃない。お前に声を掛けたのは、実は『魔法使い』の雨宮舞穂が必要だったから、って」
猫の言葉に後ろめたさはない。
事実だった。
朔太郎が優斗に声を掛けたのは、優斗というより、いつも彼と一緒にいる雨宮舞穂が必要だったからだ。彼女の職業とスキルが、あの巨人を倒すのに、どうしても。
だがー
「……優斗の奴は、気づいているよ」
「そうなの?」
「たぶんな。人手不足なんて言ったけど、猫に俺。それに楯守という前衛職が揃っているのに、『見習い騎士』なんていう奴を積極的に誘う理由はないからな」
「だよねー。それにメンバーが増えたといっても。東野、薬師寺、影谷と。見事に戦闘向きじゅないメンバーだしね」
それでも攻略を再開するなんて、もはや無謀だよねー。
猫はけらけらと笑いながら、朔太郎の反応を待つ。
すると、朔太郎は。猫の目を見ながら、落ち着いた様子で声をかける。
「あまり時間を掛けられなかったんだ。攻略再開まで時間をかけすぎると、元の世界に帰りたいと思う気持ちも、どんどんなくなってしまうからな」
実際。元のクラスメイトたちの多くは、この異世界に順応してしまっている。ここで得た地位や名声、自信を捨ててまで、元の世界に帰りたいと思うのか。今まで、何度もメンバー集めを断られている朔太郎には、目に見える脅威として映し出されていた。
「今回の偵察で、少しでも成果を出す。それをクラスメイトたちに示すことで、元の世界に帰りたいという感情を促す。今は、これしかねぇ」
「それだけ? そうじゃないでしょ?」
「……」
朔太郎は答えない。
沈黙は肯定ではない。だが、否定でもない。朔太郎の場合、これ以上の嘘を重ねたくないときに、沈黙という選択を取る。それを知っている猫は、むすっと怒ったように頬を膨らませる。
そのまま、ちょこちょこと朔太郎の傍に歩いていくと、彼に背を屈むように言った。素直に応じる朔太郎。彼は腰を屈めて、クラスで一番背の低い彼女と同じ視線になると―
「えいっ」
むぎゅっ、と猫が朔太郎の頬を両手で潰していた。
「サクちゃん。あなたが嘘つきなのは知っているからいいの。でもね、隠し事はしないで。サクちゃんが戦う理由は、元の世界に帰ることなんかじゃない。もっと別のことでしょ」
「むっ」
両側から頬を潰された朔太郎が、眉間に皴を寄せる。
本当のことだった。
朔太郎が戦う理由。
それは元の世界に帰るとか、そんな胸を張れる理由でない。
もっと、単純で、ドス黒い感情。
「……殺されたんだぞ。俺たちの仲間が」
「うん」
「……そんなのさ。許せねぇじゃん。こんな異世界に連れてこられて、楽しくチートして生きていけるならまだしも。まるで初見殺しのように、委員長の奴は殺されたんだ」
「うん」
「……本当は、俺みたいな奴はリーダーに向いちゃいねぇ。一番、リーダーに向いていた奴は、最初の攻略で死んじまった。だから、俺が代わりにやっている。それが間違いだとでも言うのか?」
「うん。間違えている」
え、と朔太郎が驚いた顔をする。
そんな彼の目の前には、優しい表情を浮かべている猫の姿が。まるで母性とも呼べるほどの暖かい笑みで、彼のやっていることを否定する。
「いい、サクちゃん? サクちゃんが頑張ることは間違えていない。でもね、サクちゃんだけが頑張ることは間違っているんだよ。どうせなら皆を巻きこんじゃおう。皆にも責任を取ってもらおう。今回の攻略で、例え誰かが死ぬことになっても。サクちゃんだけの責任じゃないからね」
そういって、彼女は。
目の前で屈んでいる男の頭を、優しい手つきで撫でた。よく頑張ったね。そう言って、暖かく包み込む。
「……まったく。猫、お前には敵わないな」
「えへへー」
朔太郎は肩の力を抜いて、屈んでいた背筋を伸ばす。
その自信に満ちた顔は、本来の彼の表情であった。
「猫。明日の戦いだけどな」
「うん」
「もし、俺が死ぬようなことがあったら。一緒に死んでくれないか?」
「うん! もちろん、死ぬときはいつだって一緒だよ!」
そう言って、李猫々は。
いつも通りのヒマワリのような笑みを零した。
そんな彼女に、偽りの冒険者である朔太郎は安心したような顔になる。
……頭が壊れているのは、彼女のほうだった。




