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第41話「第一階層の攻略前夜。……朔太郎と猫(マオ)の場合」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「よかったの、あれでー?」


 メンバーが解散した攻略組のアパートで、マオが言った。彼女はくつろぐように、両腕をテーブルに投げ出している。依頼クエストがない日でも着ているチャイナドレスからは、白くて細い腕が見えた。作戦会議中も、ずっとヒマワリのような笑顔だった彼女は、今も同じ表情をしている。


 その視線の先には、窓の外を見ている朔太郎の姿がいた。


「何のことだ?」


「作戦会議だよー。調子の良いことばっかり言って。逆に、みんなが心配にならないかなー」


「他に、どんな顔で説明しろっていうんだ。明日は誰か死ぬかもしれないけど頑張ろう、ってか?」


 朔太郎が振り返る。

 そんなこと言えるかよ、と呟く。その表情は、どこまでも真面目であった。


「俺が不安な顔をしてみろ。それだけで、あいつらに余計な心配をさせちまうじゃねぇか。いいんだよ。俺は、ああやって馬鹿みたいに自信があるように振舞っていれば」


「……結局、全部。背負っちゃうんだねー」


「背負うさ。元の世界に帰るためなら、なんだって背負ってやる」


 朔太郎は肩をすくめて、もう一度、窓の外を見る。

 そこから見える遠くの景色には、あの『塔』も視界に映し出されていた。


 元の世界に戻る。

 それこそが攻略組の最終目標である。そのリーダーである朔太郎も、元の世界に帰ることを最優先にして―


「サクちゃん」


 マオが優しい声で話しかける。


「仲間の皆が、サクちゃんのことを『嘘つき』だって、知っているわけじゃないんだよー。今、すごく無理をしているでしょ」


「……バレたか」


「わかるよー。無駄に威張りちらして。そんなに不安なの?」


 マオの問いに。

 朔太郎は静かに答える。


「あぁ。怖ぇよ。今までにないくらいにな。あいつらは気がついていないかもしれないが、……これが最後のチャンスなんだ。今回のが失敗したら、もう誰も立ち上がれなくなる」


「だったら、岸野きしのんにちゃんと言えばよかったじゃない。お前に声を掛けたのは、実は『魔法使い』の雨宮舞穂が必要だったから、って」


 マオの言葉に後ろめたさはない。

 事実だった。

 朔太郎が優斗に声を掛けたのは、優斗というより、いつも彼と一緒にいる雨宮舞穂が必要だったからだ。彼女の職業ジョブとスキルが、あの巨人を倒すのに、どうしても。


 だがー


「……優斗の奴は、気づいているよ」


「そうなの?」


「たぶんな。人手不足なんて言ったけど、マオに俺。それに楯守という前衛職が揃っているのに、『見習い騎士』なんていう奴を積極的に誘う理由はないからな」


「だよねー。それにメンバーが増えたといっても。東野がしのん薬師寺やくのん影谷かげちんと。見事に戦闘向きじゅないメンバーだしね」


 それでも攻略を再開するなんて、もはや無謀だよねー。

 マオはけらけらと笑いながら、朔太郎の反応を待つ。


 すると、朔太郎は。マオの目を見ながら、落ち着いた様子で声をかける。


「あまり時間を掛けられなかったんだ。攻略再開まで時間をかけすぎると、元の世界に帰りたいと思う気持ちも、どんどんなくなってしまうからな」


 実際。元のクラスメイトたちの多くは、この異世界に順応してしまっている。ここで得た地位や名声、自信を捨ててまで、元の世界に帰りたいと思うのか。今まで、何度もメンバー集めを断られている朔太郎には、目に見える脅威として映し出されていた。


「今回の偵察で、少しでも成果を出す。それをクラスメイトたちに示すことで、元の世界に帰りたいという感情を促す。今は、これしかねぇ」


「それだけ? そうじゃないでしょ?」


「……」


 朔太郎は答えない。

 沈黙は肯定ではない。だが、否定でもない。朔太郎の場合、これ以上の嘘を重ねたくないときに、沈黙という選択を取る。それを知っているマオは、むすっと怒ったように頬を膨らませる。


 そのまま、ちょこちょこと朔太郎の傍に歩いていくと、彼に背を屈むように言った。素直に応じる朔太郎。彼は腰を屈めて、クラスで一番背の低い彼女と同じ視線になると―


「えいっ」


 むぎゅっ、とマオが朔太郎の頬を両手で潰していた。


「サクちゃん。あなたが嘘つきなのは知っているからいいの。でもね、隠し事はしないで。サクちゃんが戦う理由は、元の世界に帰ることなんかじゃない。もっと別のことでしょ」


「むっ」


 両側から頬を潰された朔太郎が、眉間に皴を寄せる。

 本当のことだった。

 朔太郎が戦う理由。

 それは元の世界に帰るとか、そんな胸を張れる理由でない。


 もっと、単純で、ドス黒い感情。


「……殺されたんだぞ。俺たちの仲間が」


「うん」


「……そんなのさ。許せねぇじゃん。こんな異世界に連れてこられて、楽しくチートして生きていけるならまだしも。まるで初見殺しのように、委員長の奴は殺されたんだ」


「うん」


「……本当は、俺みたいな奴はリーダーに向いちゃいねぇ。一番、リーダーに向いていた奴は、最初の攻略で死んじまった。だから、俺が代わりにやっている。それが間違いだとでも言うのか?」


「うん。間違えている」


 え、と朔太郎が驚いた顔をする。

 そんな彼の目の前には、優しい表情を浮かべているマオの姿が。まるで母性とも呼べるほどの暖かい笑みで、彼のやっていることを否定する。


「いい、サクちゃん? サクちゃんが頑張ることは間違えていない。でもね、サクちゃんだけが頑張ることは間違っているんだよ。どうせなら皆を巻きこんじゃおう。皆にも責任を取ってもらおう。今回の攻略で、例え誰かが死ぬことになっても。サクちゃんだけの責任じゃないからね」


 そういって、彼女は。

 目の前で屈んでいる男の頭を、優しい手つきで撫でた。よく頑張ったね。そう言って、暖かく包み込む。


「……まったく。マオ、お前には敵わないな」


「えへへー」


 朔太郎は肩の力を抜いて、屈んでいた背筋を伸ばす。

 その自信に満ちた顔は、本来の彼の表情であった。


マオ。明日の戦いだけどな」


「うん」


「もし、俺が死ぬようなことがあったら。一緒に死んでくれないか?」


「うん! もちろん、死ぬときはいつだって一緒だよ!」


 そう言って、リー猫々マオマオは。

 いつも通りのヒマワリのような笑みを零した。

 そんな彼女に、偽りの冒険者である朔太郎は安心したような顔になる。


 ……頭が壊れているのは、彼女のほうだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] エエ娘やなあ
[一言] さらっと朔太郎の後追いを了承する猫さん。
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