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第3話「薬草採取の依頼(クエスト)」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 この異世界は、中世ファンタジーのような雰囲気であった。


 赤い屋根とレンガ造りの街。

 そこが優斗たち、……異世界で目が覚めたクラスメイトたちが生活している街である。どこか田舎のような感じもあるが、それは優斗たちの主観であって、この世界では発展している大きな街である。街の中心部には大きな酒場や遊技場もあり、常に人で賑わっている。

 主要作物は、小麦とブドウ。あと酪農も少しやっているらしく、週に何度かは王都から馬車がやってきて、買い付けをしているのを目にしている。良質の小麦は王都に売られて、ブドウはワイン蒸留所に運ばれる。優斗たち貧乏人が食べれるのは、質の悪い黒パンばかりだ。……まったく世の中は不平等ばかりだな。


 街の外は、大きな平原が広がっていた。


 森や渓谷には、危険な魔物が住み着いていて、普通の人間は近づこうとしない。遠く離れたところには、沼地や捨てられた廃墟や遺跡なんかもある。基本的に人里から離れると危険な魔物が住み着いているので、街に近い平原は比較的安全だった。依頼クエストの採取依頼になっている薬草も、たくさん生えて―


「って、全然見当たらないな。雨宮、そっちはどうだ?」


「……こっちも、ない」


 東の草原。

 かれこれ一時間。街道から少し離れた森のすぐ傍で。優斗たちは腰を屈めて、雑草に紛れて生えている薬草を探している。だが、見つかったのは、ほんの一握りだった。


「少し前に来たときは、いっぱい生えていたよな?」


「うん。……全部、誰か取られちゃった?」


「かもな。もしくは、季節のせいで育たなくなったとか」


 よっ、と優斗が腰を上げる。

 もうじき昼だ。このままでは今日もタダ働きになりかねない。頭にあるのは、やっぱりお金のことだ。安定した収入がなければ、食うことにも困ってしまう。


「……まったく。世知辛い異世界様だな」


「なにか、いった?」


「なにも言ってない。ちょっと休憩したら、予定通りに奥の遺跡に行くか。早くしないと陽が暮れちまう」


「うん」


 優斗が旅人用の鞄から、昼食を取りだした。

 布に包んでいた乾燥パンを二つに分けると、そのひとつを舞穂に手渡す。舞穂は黙って受け取ると、その小さな口で噛り付く。


「……もぐもぐ。硬い。それに味がない」


「だな」


「もっと、おいしいものが食べたい」


「だな」


「今じゃ、コンビニのパンが恋しい。唐揚げ棒も食べたい。コーラも飲みたい」


「だなぁ」


 空虚な会話をしながら、手早く昼食を済ませる。

 この世界に来てから、一番辛いのは食事だった。


 美味しくない。

 美味しくないのだ! 

 

 パンは硬くぼそぼそで、古いものは水でふやかさなくては食べられないほど。調味料も種類が限られているから、何を食べても味付けが変わらない。塩、砂糖、胡椒は高くて買えない。醤油やマヨネーズなんてものは存在しない。

 ただ、優斗のクラスメイトの一人が『料理人コック』という職業ジョブで、酒場の厨房で働かせてもらっている。依頼クエストを受注した、あの酒場だ。彼が試行錯誤しながらも、クラスメイトたちのために美味しい料理を提供してくれるおかげで、なんとか優斗たちも発狂せずに生活している。


「帰ったら、今日は外食にするか。久しぶりに五郎ゴローのとこにメシを食いにいこう」


「うん」


 それから街道から離れて、森にそって移動を始める。

 途中、小型の獣のような魔物に遭遇したが、魔物のほうが驚いて森に逃げていった。この異世界で意外だったのが、魔物と戦闘になることが少ないことだった。人里の近くにいるのは、畑を荒らす小型の獣か、野良ゴブリンがいいところ。


 家畜や人を襲うこともあるゴブリンだが、単体ならばそれほど脅威ではない。1メートルくらいの身長に、緑色の肌。人型のモンスターだが、知能はそれほど高くはなく。牧場などに侵入してきたときは、街の人たちがシャベルやバーベルを持って追い払っていた。


「あつーい、つかれたー」


「まだ、半分も来てないぞ。いいから歩け」


 それから一時間ほど歩いて、ようやく目的の遺跡にたどり着いた。


 廃墟になった大理石の遺跡。随分と昔から放置されていたのか、あちこちで柱が倒れていて、内部も半壊している。草木や蔦の侵食が進んでいて、半分くらい森に飲み込まれつつある。

 扉が外れた正面玄関から中を覗いてみると、がらんとした空虚な空間が広がっていた。まるで時間が止まっているみたいだ、と優斗は思った。


「それじゃ、さっさと薬草を探そうぜ。わかっていると思うが、遺跡の中は危険だから入るなよ」


「うぃ」


 舞穂に軽く注意を促してから、優斗は日陰になっている場所に腰を下ろす。

 目的の薬草は、この遺跡の周辺で採取できる。クラスメイトの仲間から教えてもらったことだが、今ではここが優斗たちの最後の生命線になっていた。ここでも薬草が取れなかったら、と考えると頭が重い。


 採取に邪魔なため、腰に下げたロングソードを崩れかけた壁に立てかける。


 振り返ると、舞穂も違う場所で採取していた。

 魔法使いの杖を地面において、黒いローブを地面に波立たせている。外出中は頭からすっぽりとフードを被っていることも多いが、街の外ではこうやって彼女の横顔を見ることができる。家の中とは違って、少しだけ真剣な表情に、優斗は思わず目を奪われる。


 風に揺れる前髪に、長いまつげ。

 小さな唇は、綺麗な桜色だ。


 何秒ほどかわからないが、視線を奪われていたことに気がついて、慌てて彼女から目を離す。


「……俺もちゃんと探すかな」


 ぼりぼり、と頭をかいて日陰の地面に目を凝らす。

 目的の薬草は、特徴さえつかんでいれば雑草と見分けがつく。だが、この遺跡周辺は草木が荒れ放題になっているので、他の植物たちも成長たくましい。ちゃんと集中していないと、雑草に隠れて見つけられない。


「うーむ、なかなか見つからないなぁ」


 薬草を探すこと、数十分。あることはあるのだが、予想以上に収穫が悪い。やはり、時期がずれてしまったのか。鞄の中を確認するも、採取できた薬草はほんの一握りだった。


 ……このままだと、今日の外食はナシになるな。


 それは気の重いことだった。たまには美味しい飯が食べたい。でも、それよりも舞穂の笑顔が見られないのが辛い。美味しいものを頬張っているときの幸せそうな表情。そんな彼女を見ることができないと思うと、この世を呪いたくなるほど憂鬱になる。嗚呼、神様。お前ってヤツは本当に。


「……仕方ない。ちょっと危険だけど、遺跡の奥のほうに行ってみるか。まだ、残っている薬草があるかもしれないし」


 雨宮、行こうぜ。そう問いかけながら振り向くが、そこには誰もいなかった。


 あれ? と優斗は首を傾げる。杖を置いて、ローブを垂らしながら薬草を探していたはずの少女が、どこにもいなくなっていた。周囲を確認するが、彼女らしい人影は見当たらない。ちゃんと魔法使いの杖を持ったみたいだから、自分から行動したと思うんだけど。


「まさか、あいつ!?」


 慌てて、彼女がいた場所へと駆け寄る。

 そこから見えるのは、ぽっかりと口を開いた。危険な遺跡の入り口だった。

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[一言] 危険が危ない
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