第38話「楯守理子の初恋」
「そうだ! ボイスチャット機能をONにしたオンラインゲームで、あいつらの会話を盗み聞きするのは!?」
「ダメだ。スマホがねぇ!」
「くそっ! だったら、盗聴アプリを仕込ませて、遠隔操作で起動させてやれば!」
「それもダメだ! スマホがねぇ!!」
「ちくしょう! こうなったら奥の手だ。糸なし糸電話を使って、あいつらの初々しい会話を盗聴して」
「無理だ! 未来のネコ型ロボットを連れてこないと! ……ん?」
ぐぬぬっ、と朔太郎が悶絶しながら頭を捻っている。
だが、そこは現代の男子高校生。発想はすべて現代基準。電話も動画もアプリも、すべてスマホがないことには始まらない。苦々しい顔になりながら、朔太郎が吐き捨てる。
「ちっ! スマホがないことが、こんなにも辛いとは思わなかったぜ!」
「……ちょいちょい」
「はっ!? そうか、逆転の発想だ! あいつら二人に見つかってはいけない、と思うからいけないんだ。逆に考えるんだ。こうなったら、見つかることを覚悟で突撃を」
「……サクちゃん、サクちゃん」
「ちょっと待ってくれ。今、良いところなんだ。優斗よ。こうなったら玉砕覚悟だ。あいつらに見つかることを覚悟で、あの落とし穴に匍匐前進を―」
「その岸野なら、あそこにいったよ」
猫が、茂みの後ろを指さす。
訝しむように朔太郎が後ろを見ると、そこには渓谷の河から姿を見せた魔物と戦っている、優斗たちの姿があった。馬の体に魚の尻尾を持つ魔物、シーホースが優斗のカウンター斬りに悲鳴を上げている。
くそっ、静かにしろ。あんまり音を立てると、あいつらにバレるだろうが! などと叫びながら、優斗が切り込み。白麻いのりが援護して、舞穂は遠くでビスケットを食べて眺めている。
ヒヒ―ンッ!
やがて、手負いの獣は河から飛び出して、陸地のほうへと駆けていく。その方角は、楯守と影谷がいる落とし穴ほうであった。
「「チクショウ、やらせるかっ! あいつらの青春は俺たちが守る!」」
そんで、後で死ぬほどからかってやるんだ! そう言いながら、朔太郎もショートソードを引き抜いて戦いに参加する。
その戦場は、まぁそれなりに騒がしかった。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「あれ? あそこにいるのは攻略組の?」
鍵縄を落とし穴の底から投げて、穴から脱出した影谷が問う。
彼は、今度こそ一緒に落ちないように気をつけながら、楯守と一緒に抜け出す。彼女の大盾が大きすぎて、それだけでも一苦労だった。
「嘘。なんで、あの人たちが?」
「きっと、楯守さんのことが心配だったんじゃないかな。いつも気を張り詰めていた感じだったし」
そんな風に見えていたんだ。
楯守は何だか恥ずかしくなって肩を落とす。
「まぁ、たまには愚痴くらいは言うのが健全だと思うよ。溜め込むのが一番よくない」
シュルシュル、と影谷はロープを束ねて、鉤爪を投的するような態勢に入る。どうやら、彼も加勢するようだ。もちろん、楯守もそのつもりだ。彼女は優等生であり、クラス委員長でもあり、攻略組の初期メンバーなのだから。
それでも、その前に。
ひとつ、確認しなくてはいけないことがあった。
「……ねぇ。さっき、溜め込むのはよくないって言ったよね?」
「え。うん」
「じゃ、じゃあさ。もし、また愚痴を言いたくなったら、その、付き合ってくれる?」
楯守は顔を背けながら彼に問う。
その顔は、恥ずかしさに真っ赤だった。
「まぁ、僕でよければ喜んで歓迎するよ?」
「そ、そう。わかったわ」
楯守は、にやつく顔が我慢できず。
そのまま魔物に向かって走りだした。
長いポニーテールが風になびく。
大盾を構えて、魔物へと接近していく。この異世界に来て。いや、元の世界を含めても。こんなにも心が軽いことはなかった。先ほどのやり取りを思い出して、楯守はにやにやと笑う。
「(……いやいやいや、何を考えているの!? 相手は、あの根暗男子の影谷よ!? 背も低いし、雰囲気だって暗いし。そんな男に、この私が!?)」
ぶんぶん、と首を振りながら大盾で突進する。
彼女は極度に緊張すると周囲が見えなくなる。結果、重戦車のように突進していく楯守の前に、朔太郎は渓谷に突き落とされて、優斗は滝へと突き飛ばされて、仲間たちを次々とボーリングのピンのように弾き飛ばしていく。そして、彼女が通り過ぎた後に残っていたのは、挽肉になった河の魔物、シーホースは哀れな姿であった。
その日、酒場の夕食には。変わった味のハンバーグが並んだという。




