第35話「楯守vs影谷」
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「今日こそは、勝たせていただきます!」
楯守理子のよく通る声が渓谷に響いた。
街からそれなりに離れた場所にある山岳地帯。その麓にある渓谷で、嫌々ながら振り返る少年の姿があった。影谷暗雄。元の世界でのクラスメイトで、この異世界では『罠師』である。
「……委員長。今日もやるの?」
「当たり前です! 負けっぱなしは我慢できません!」
「委員長って、意外に負けず嫌いなところがあるよね?」
「う、うるさいです! さぁ、構えなさい! 今日こそ、あなたから一本を取ってみせます!」
楯守が睨みつける。
元からキツい釣り目だったのが、さらに厳しいものになる。「委員長が来ると、獲物が逃げちゃうんだけど」と、影谷は渋々ながら彼女と向き合う。その手には、ちいさなナイフだけが握られていた。
「ふふん、そんなおもちゃみたいな武器で、この私の盾をどうにかできると思っているのですか?」
楯守理子が上から目線で余裕の顔を浮かべる。
実際、女子にしては身長の高い楯守と、男子にしては背が低く猫背な影谷では、どうあっても彼女が見下ろす形となる。
「さぁ、かかってきなさい!」
楯守が大きな声を上げた。
彼女が手にしているのは、自分の身長ほどもある巨大な盾だった。『大盾剣士』という職業の楯守理子は、その適正武器が極端に偏っていた。
適正武器とは、その職業に適した武器である。
剣士であれば剣や斧、騎乗兵であれば槍、……といったように職業に適した武器であれば、本来の身体能力以上にその武器を使いこなすことができる。
だが、その点。
楯守理子の適正武器は、……『盾』のみ。
『大盾剣士』という職業は前衛防御専門職。敵の攻撃を受け止めることに特化した職業で、身につくスキルも自身を守るものが多い。仲間たちをパーティを組んで戦闘するなら、貴重な役割を担うが、一人では敵を倒すことは難しい。
そんな自分の職業に我慢できないのか、楯守理子は細身のレイピアを携帯している。軽装ながら全身を守る鎧姿もあって、その姿は立派な盾剣士にも見えた。
見た目だけは、だが。
「……毎回、思うけど。その大きな盾は重くないの?」
「重いわよ! それでも、防具屋さんで一番いいものを頼んだら、これだったんだから仕方ないじゃない!」
ぷんぷんっ、と楯守が怒り出す。
長いポニーテールが、感情に合わせて揺れ動く。これほどまで素直に感情を見せることは、攻略組のメンバーの前でもないことだった。ずしんっ、と楯守が盾を構えて、腰に下げたレイピアを引き抜く。すでに、彼女の中では臨戦態勢だった。
「さぁ、覚悟してください!」
「ちょっ、ちょっと待って! ここで始める気!?」
「問答無用! この私が、あなたなんかに負けっぱなしなことが攻略組の仲間にバレる前に―」
楯守が盾を構えたまま突進してくる。
地面から舞い上がる砂埃は、まるで重戦車の突撃だ。その勢いのまま、なぜか両手で制止しようとする影谷まで突っ込んでいってー
「え」
不意に、彼女の姿が消えた。
落とし穴だ。
魔物用に仕掛けておいた落とし穴に、楯守が自分から突っ込んでいって、勝手に自滅していた。
「えっぐ、ひっく」
落とし穴から、女の子の泣く声がする。
よほど悔しいのか、それとも自分が情けないのか。きっと、その両方だろう。見事に落とし穴に落ちて、自分の力だけでは脱出することもできなくて、子供の女の子のようにわんわん泣きじゃぐっている。
「……あのー、委員長? 大丈夫?」
「えっぐ、ひっく」
「この辺は、魔物用のトラップがそこら中に仕掛けてあるんだ。それでも委員長が引っ掛かったのが、落とし穴で良かったよ。中には、もっと危険な罠もあるからね」
「びぐっ、……えーん、えーん」
「委員長。お願いだから泣き止んで。そして、その盾を投げようとしないで。そんな大きな盾を投げつけられたら、たぶん死んじゃうから」
「ひっぐ、えっぐ、……じゃあ、死んでよぉ~。ばかぁ~」
「えぇ~~」
影谷が呆れ果てた顔になる。
もちろん、彼女が本気で言っているわけじゅないことを知っている。模範的な委員長で、誰よりも自分に厳しく。そんな楯守理子が、駄々をこねる子供のように泣き散らかす姿を、今まで見たことがない。少なくとも、この異世界に来るまでは。
子供のように落とし穴の底で泣いている楯守理子と。
落とし穴の上から、必死になって慰めようとしている影谷暗雄。
そんな二人のことを見守るように。
攻略組のメンバー全員が、こっそりと草の茂みから黙って覗き見をしていたー




